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凍てつく虚空

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状況としては、普段持ち歩いているはずの薬がない不可解な変死事件になった。こう考えると、一応の説明はつく」

「本当にそんなことが」

「さっきも言ったように、あくまで空想さ。田子さんはその意識がなかったとは言え、結果的には田子さんが黒川氏を殺すことになってしまった。
そしてこの事実は警察など表沙汰にならない。なぜならそれを感じ取った遺族が表に出したがらないからだ。自分の娘が、黒川氏の孫娘が、意図的じゃないとは言え間接的に殺人を犯したんだからね。
田子さんはそのことがずっと頭に残っていたんだろう。どんなに悪意がなかったとは言え、自分が殺してしまったことには違いがなかった。それが良心の呵責に耐えかね自殺を図った。そう考えると、つじつまは合う」


寒かった。
底冷えがした。
西から吹く寒風はコートの隙間という隙間から入り込み、体温を容赦なく奪っていく。
陽はとうに傾き、ビルとビルのあいだにゆっくりとその身を隠そうとしていく。
冷たく塵や埃の少ないこの時期、その太陽はまん丸と、その紅さを誇示し続けた。
血のように真っ赤な、そう滴るような赤だった。
誰かが言ってたな、夕日が赤く見える原理を。確か空気中の気体の粒子に、本来は含まれているはずの紫や青や緑と言った光が乱反射して、結果的に赤い光だけが目に届くって。だから赤く見えるんだて。
そういえば今朝のニュースで、数年ぶりに雪が降るとか言ってたっけ。

全くやだな。
そんな現実も
そんな空想も
どれだって後味が悪いや。

「ついでなんだが、もう1つ聞いてくれ。僕が思った感想なんだが、この作品、ほかの作品に比べて、非常に凡庸だ。黒川影夫さんに申し訳ないが他の作品に比べて完成度はあまり高くない。
いや、そう言う言い方は正しくないな。この作品だけ、『実行しようと思えば実行できる作品』なんだ。何が言いたいかって?
僕はこの作品、『最初から誰かに実行してもらうために作った作品』じゃないのかって思うんだ。狂気の警察官と正気を取り戻し始めた殺人犯や、社会から拒絶された主人公のように、意図的に作り出すことが困難な環境ではなく、
やろうと思えば、再現しようと思えば再現可能な世界のミステリだと思う。
田子さんが実際にこのミステリを再現しやすいように・・・。
そう考えると、さっき僕が話した空想もおかしいところはある。いくら田子さんとは言え、祖父の持病について全く知らないなんてことはないはずだ。祖父と自分の2人きりで山荘に赴いた以上、何かあったら頼むぞ、の一言もあっても良いもの。
しかし田子さんがもし持病の薬を何も知らず持っていったことを考えると、黒川氏本人が『そこに飴玉あるからもって行って良いよ』なんて嘯いたのかもしれない、と穿った考えもできる。
どういう事か。黒川氏は我が孫に、自分の最期の作品を実際に現実世界で実行して欲しいと思った。そのためにも、孫娘が『自分が祖父を殺した』と言う自責の念を持ってもらいたい。
ではどうするか、わざと自分の持病の薬を持ち出させて、それが原因で自分が死ぬ。そうすれば孫は自分が祖父を殺した、と思い込み、その弔いと思い最期の作品を現実に実行するだろう、と考えた。
そして黒川氏はそれを実行に移した。自らの命と引き換えに。
そうすれば全て辻褄が合う。
そもそも、両親なしで孫娘一人だけで山奥の山荘までこさせること自体、本来はおかしいんだ。最初から黒川影夫と言うモンスターが仕組んでいたこと、なのかもしれない。
・・・信じられないって顔してるね。自分の作品を本当に実践して欲しいなんて思う作家がいるか、なんてね。
僕は思うね、ミステリ小説を何冊何十冊読んでいると、本当にこんな世界を味わってみたい、言葉が悪いかもしれないが、本当に事件が起こってくれないか、そして自分がその場に居合わせて見事解決させてみたい、ってね。
読者がそう思うんだ、作り手側、つまり作者も、実際に自分が考えた作品を現実世界で行ってみたいと思うかもしれない。いや、絶対思うね。黒川氏も例に漏れないと思うよ。だから黒川氏は最期の最期に、孫娘にそれを託した。今回はそんなは話しさ」

僕はゆっくりと立ち上がる。手に持っていた『凍てつく虚空』のコピーを力いっぱい破り捨てた。
四方八方に紙編が飛び散るくらい、それこそ力任せに。
緩やかな西風に乗って、小さくなった紙くずは、意志を持ったかのように右へ左へゆれながらその短い一生を終えた。
白い紙切れがまるで降る雪のようだった。
あぁ、もう雪なんかみたいないのに。
冷たい風はまた頬を掠めていった。












―――了



作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔