凍てつく虚空
でも浦澤さんはそうとは知らないはずです。
さぁ、鶴井さんは始末しました。あとは浦澤さんです。
この事件は鶴井さん以上に不可解な不可能事件でした。浦澤瞳さんは一人自分の部屋に戻りました。少し時間をくれと言って。その後、ほかの皆さん、猪井田さん、真壁さん、知尻さん、霧さん、不二見さん、新馬さん、貴中さん、そして鷹梨さん、
皆さんがキッチンで浦澤さんの帰りを待っていた。その間キッチンを出た人は誰ひとりいなかった。しかしあまりにも時間がかかりすぎだという事で、皆さんで浦澤さんを迎えにいきます。そこで浦澤さんの首吊り遺体があった。
ここでの謎は以下のとおりでした。即ち、『誰が犯人なのか』、『浦澤さんは部屋に何を準備に行ったのか』、『鶴井さんの部屋には鍵がかかっていたのに、浦澤さんの部屋に鍵がかかっていなかったのは何故か』、です。
最初の質問は勿論、田子さんです。ではその他の2つの謎はどうでしょうか。じつはこれも田子さんが犯人という事実があれば簡単に分かります。
つまり、『浦澤さんは部屋に何を準備に行ったのか』の答えは『なんの準備もしていない』です。僕は鷹梨さんに今回の事件のあらましを聞いたあと、浦澤さんの部屋に赴きました。浦澤さんがどんな準備をしに部屋に戻ったのか、
それがわかれば今回の事件の謎を解く鍵になると思ったからです。しかし部屋を探しても探しても、ヒントになるものは何一つ見つかりませんでした。
その時思いました。『浦澤さんは何をしにこの部屋に戻ってきたのだろうか』と。何か準備とかではなく、ほかの目的があったのなら・・・」
「田子を待ってたんだ。いや正確には舞も一緒に」
「知尻さんご名答。浦澤さんは自分の役目を終えて、自分の部屋で協力者と首謀者の現れるのを待っていたんです。そして首謀者の田子さんからのネタばらしがあるので自分は特に準備するものもないので、リラックスした状態で待っていました。
さて一方の田子さんもその状況を把握していました。
浦澤さん含め、山荘内の他のメンバーがどんな事を考え、どう動いているのか、それを知る必要があった。わざわざ浦澤さんに報告にこさせるのもできない。そこであなた、田子藍那さんはは前もって、
この山荘のいたるところに盗聴器を仕掛けた。どこに誰がいて、どんな話をしてどこまで現実を知っているのか、それを探るためにも声を聞ける盗聴器は必須でした。そして盗聴器から、浦澤さんに言ったネタバラシの時間になりました。
ここで田子さんは、次の作戦に出ます。
先程も言っていましたが浦澤さんは思っていました。自分は探偵役であり、このあと田子さんと鶴井さんが元気な顔をして、2階の自分の部屋にこっそりやってくる。そして3人でみんなの前に、ドッキリでした!、と言ってネタばらしをすると」
「でも実際はそうじゃなかった・・・」
「えぇ。事実その頃は鶴井さんはプレハブ小屋で殺害されています。そして田子さんは、盗聴器で皆さんはキッチンにいることを知っていました。ですので音を立てないようにゆっくりロビィを横切りました」
「んん、ってことは私たちがキッチンで瞳を待ってたとき、その扉一枚隔てた向こうには・・・」
「恐らく田子さんが音を立てずに横切っていたんだと思います。皆さん疑心暗鬼になっていましたし、キッチン内にみんながいたので、そちらに集中力が注がれていましたから。
さて、皆さんに気づかれずに部屋に入り込みました。浦澤さんは普通に田子さんを出迎えました。しかしそこで変なことに気づきます。鶴井さんがいないんです。浦澤さんは不審に思い田子さんに聞こうとした、その時だった。
隠してあった麻縄を手に食い込ませて、油断していた浦澤さんの首元に引っ掛けた。そして一気に絞り上げる。ここで注意しなくてはいけないことは、浦澤さんの口から苦痛の声が漏れてはいけないということ。
多少の声は、分厚いドアで遮られるとしても、あまり大きな声で叫ばれては一巻の終わり。そこで麻縄を閉めるときは、頚動脈を閉めるよりまず気道の狭窄に尽力しなくてはいけませんでした。
機動を塞いで声を出したくても出せない状況にします。確かに脳に酸素を供給する頚動脈をしめればほんの数分で終わりますが、それでは大声を出される可能性があります。そこで意識を失うまでのおよそ5分間、それこそ死に物狂いで抵抗すし、
自分の体型の一回りも大きな浦澤さんを相手に対抗し続けます。
そしてなんとか息の根を止めると、ようやく天井の梁に括りつけます。
さぁ、予定の計画は終わりましたが、これでのんびりこの場に留まっているわけにはいきません。ここでメンバーの皆さんに見つかれば、自分が生きていることがバレてしまいますし、一発で犯人だとされてしまします。
ですので疲弊した身体に鞭を打って、部屋を出ます。ここでそのままロビィを横切ってプレハブ小屋に戻ることもできますが、予想外のことが起きた。
皆さんがキッチンを出てき始めたんです。自分が浦澤さんを手にかけるのに時間がかかりすぎたせいか、このままではロビィを横切ることができない。ではどうするか。
一旦ほかの部屋に隠れるしかなくなりました。そして浦澤さんの部屋で遺体を発見したその瞬間に、音を立てないように部屋を出てプレハブ小屋に戻りました。新馬さんが聞いたドアを開ける音は、この時の音だと思われます。」
「へぇ。面白いわね。破天荒な推理だけど、でもそれなりに筋が通ってもいる。悪くないわ」
改めて次のタバコでも、と思ったのかマイルドセブンのパッケージを取り出すが、中身が空なことに気づいて、クシャりと潰した。
「ねぇ、タバコ持ってない?」
「あいにく禁煙家なもので」
あっそ、と吐き捨てて足を組み替える。
「そして最後の猪井田さんです。ここでの謎はただ一つ。『青というダイイングメッセージは何を意味していたのか』です。これは案外簡単でした。ダイイングメッセージとは、死に行くものが最期に残した言葉、そこまで多彩な選択肢があるわけでない。
一見すると『青』としか聞こえなかった最期の言葉。それに振り回されてしまいます。田子さんにわざと聴かせる推理の中にも『霧綾美さんが青色のイヤリングをしていたから』なんて稚拙極まりない推理を晒してしまいましたが・・・。
でもでもよくよく考えてみれば、もう死んでしまうと思っている人間の身からすれば、そんな犯人が身につけているイヤリングの色なんかで犯人を差ししめたりはしません。
そんな分かりにくいもの、そして犯人がイヤリングなんて取ろうと思えば簡単に取れるものなんて、ダイイングメッセージで残そうとは思わないはずです。
かと言って、猪井田さんが何かを言いかけて息を引き取った、と言う訳でもありません。アノ馬に僕も居合わせましたが。猪井田さんは死の淵まで『アオ、アオ・・・』と『アオ』と言う言葉を繰り返していました。
これは『アオ』という言葉に意味があるはずです。
ではそれはなにか。
よく推理小説や推理漫画では、複雑でひねったものが多いですが、あれは犯人にこれがダイイングメッセージだと悟られないため、という心理が働いてできたものです。しかし今回は違います。