凍てつく虚空
「舞と瞳が死んでなかったって・・・。よくもそんなことが言えるな。でもな、あいつらはもう死んでるんだよ・・・。もうこの世にはいないんだよ!」
「・・・・・・わかっています」
「分かってるなんてどの口が言うんだ! 分かってたらそんなこと言えないはずだ! 舞と瞳の死を・・・」
「瞳さんの部屋には何もありませんでしたよ」
「あぁん!?」
「失礼とは重々承知でしたが、事件のあったあと、浦澤さんの部屋を拝見させてもらいました。ええっと、あの、このままだと喋りにくいので、一度離してもらっていいですか。どうもすいません。んと、何の話でしたっけ・・・?
そうそう、浦澤さんの部屋の話でしたね。浦澤さんは当時犯人が分かったと言って部屋に戻られた。しかしその部屋の中には、何か時間を掛けて準備するものは無かった。では浦澤さんは何のために部屋に戻ったのか」
「それがどうした!!」
「鶴井さんもそうだ。なぜわざわざ特殊メイクまでして、皆さんを騙そうとしたのか」
「貴様!」
真壁さんが再びその喉元に爪先を伸ばしたとき、
「犯人に言われたんですよ。『皆を騙すために協力してくれ』と」
「あん?」
「恐らく鶴井さんも、浦澤さんも、言い出したのは彼女たちではない。二人ではない誰かほかの人物がこう持ちかけたんですよ。そして鶴井さんと浦澤さんはその言葉に乗った。被害者の2人は軽い気持ちだったのかもしれません。
しかし、犯人はそうではなかった。
最初、犯人は鶴井さんと浦澤さんにこう持ちかけた『この山荘は自分の家の持ち物。ここで皆を驚かすためにちょっとしたサプライズをしよう。鶴井さんと自分が殺されて、浦澤さんが探偵役で解決、その後鶴井さんと自分はみんなの前に姿を現す』、
なんていう具合にね。最初は、2人も良い顔をしなかったかもしれないが、すぐ終わる、ほんの冗談だから、なんとか言って今回のドッキリに強力するよう言いくるめた。鶴井さんも浦澤さんも、別にそれだけならと渋々納得したのかもしれない。
しかし実はそうでは無かった。皆さんを騙す立場という事で油断していた2人を、本当に殺害することによって、本来なら摩訶不思議な不可能状態を作り出すことが、彼女の狙いだった。
分かりますか? 鶴井さんと浦澤さんは別荘に着く前か、あるいは着いた直後に田子さんに話を持ちかけられた。私立探偵よろしくドッキリ推理ショーをする、と言う名目上2人を操って本当に2人を殺してしまうのが、彼女の狙いだったんです」
「は・・・、まさか・・・」
「先程も言ったでしょう。マジックで一番騙しやすい人は、って。『自分たちが騙している側だ、仕掛け人だ』と思っている人間ほど騙しやすいとね。同じですよ。何も知らない皆さんを一時的に騙す人間は、最も騙されやすいんです。
犯人はそこをついた。
まず鶴井さんには部屋で先に額に特殊メイクを施してもらう。そして時間が来たら用意してあった爆竹か何かを爆発させて、音を出す。皆はそれを聞いてドアのすぐそばまでやってくる。
あとは鶴井さんにはできるだけ呼吸などをしないように部屋の真ん中で寝ててもらう。その後、皆さんでドアを打ち破れば、そこには横たわった鶴井舞がいる。
もうお気づきでしょうが、みなさんがドアを打ち破った時点で鶴井さんはまだ生きていました。まだ生きていたどころか、意識もはっきりしていて、皆さんの行動や会話を一部始終聞いていたことでしょう」
「でも、舞はあの時死んでるって・・・」
「ふぅん、だれがそんなことを?」
「ええと・・・・・・、瞳、だけど・・・」
「でしょうね。死んでいない鶴井さんを抱きかかえた場合、その脈拍や呼吸でまだ生きていることが分かってしまう。それでは困る。ではどうするか、共犯が庇えば良いわけです。ではこの場合の共犯とは誰か。もちろん、仕掛け人仲間の浦澤さんです。
浦澤瞳さんは、誰かが鶴井さんに近寄る前に自分から鶴井さんに近寄り、その生死を確認する。『もう死んでる』とさえ言ってしまえば、あとは誰も近づかなくなるだろうと思った。あるいはこれも田子さんの命令かもしれませんが。
とにかくみなさんは、浦澤さんの言葉でてっきり『鶴井舞』は死んでしまった、と思い込んでしまった。その後、玄関外のプレハブ小屋に運んでしまえばOK。第一段階終了です。
では第二段階はどうでしょうか。言わずと知れた田子藍那さん本人の事件です。
皆さんが食事であると言うことで、キッチンに集合します。そこでは丸いテーブルに、どこに誰が座るかわからない状態でした。早く来た人から好きな場所に座る、という事で中の良い人間が隣同士に座ることはあっても、
ピンポイントで誰がどこに座るかは全くわからない状態でした。そこで田子さん本人が毒に倒れました。
そしてその後、霧綾美さんが犯行予告分なるものを持ってきた。あたかも田子藍那さんを狙ったかのような文章でした。
これにより、どこに座るか分からない田子藍那さんをどうやって殺害するのか、が焦点になりました。
これこそが田子さんのマジックですね。これまでの話を分析すると、田子さん1人を狙うことは不可能であり、もし出来たとしたら、それは『霧綾美』だけである、と偽の結論に達することになる。
誰に毒が当たるかわからない、そして実際に毒に当たった人間用の犯行予告分を、さも事前に相談させた、とみんなの前に持ってくると言った形をとるしかない。そうなった。
こうすれば、大勢の中から田子藍那だけを狙った計画殺人、のように思える。
しかし実際はそうではなかった。
もう1人、事前に毒をもられることを知っていた人間がいた。誰であろう、田子藍那本人である。自分が今回の首謀者である以上、食事で誰かに毒をもらせて事件を起こそうと考えているのも自分であった。
当然自分で自分に毒をもることも簡単に出来た。正確に言えば最初から食事に毒なんて入ってなかった。自分の口の中に入れた血糊を潰すだけで、恰も本当に毒を口にしたかのように見せ付けられる。
あとは、協力者の浦澤さんがなんとかごまかしてくれる。実際、田子さんが倒れたとき、最初に駆け寄ったのは、誰でしたか。恐らく浦澤さんのはずです。
浦澤さんは被害者ではなく、全てを片付ける探偵役、それと同時に後片付け役だったはずです。協力者が倒れた時の真っ先に駆けつける役を請け負っていたことでしょう
その後、田子さんも生きて意識がはっきりしているまま、例のプレハブ小屋に戻りました。
さぁ、ここで田子さんの最初の大きな仕事が残っています。プレハブ小屋には現在、鶴井さんと田子さん本人が残っています。ここに運ばれても死なないように、最低限の水や食料を備蓄しておきました。鶴井さんが寝静まったとき、そのまま
鶴井さんが生きていては困る、なのでそこで改めて鶴井さんを射殺した。プレハブ小屋の中でです。周りに断熱効果と称してブルーシートか何かを敷いておき、油断したところで、隠していた拳銃で死体役をしていた時と同じ額を打ち抜いた。
返り血は全部ブルーシートで処理しました。匂いも、極寒地ということで然程苦にならなかったでしょう。
田子さんはしたいと一緒に数日感、プレハブ小屋で過ごしたはずです。