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凍てつく虚空

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劇団の先輩である田子藍那さんと、マネージャーの白岡光一さんの、通常ではない関係、その言葉に息を飲んだ

「とは言っても、普通の人が想像するような年の差の離れた恋愛関係、といった類ではないでしょう。もっと明確な上下が生まれる関係があったんだと思います」

「千里眼でも持っているみたいね」

呟くように、そのまま二本目のタバコを取り出す。

「白岡さんは、あなた、田子藍那さんに非常に大きな負い目を感じていた。だからこう言ったお願いを無下に断るわけにいかなかった。ではその負い目とはなんでしょうか。勿論『田子さんのおじいさん』に関することです。
そう、つまり田子藍那さんの祖父、『黒川影夫』さんに関することです」

「ふうん、ところで君は私が『黒川影夫』の親族だって決め打ちしてるけど、そもそもそんな証拠があるの?」

「あなたがこの『黒川影夫』氏の山荘で事件を起こしたからでは不十分ですか?」

「不十分」

「『黒川影夫』氏の本名が『タゴ シンタロウ』氏だから、では不十分ですか?」

田子さんの目が一瞬鋭くなった。まるで猛禽類のそれだった。

「・・・どうしてそれを」

「あれ、ご存知ではありませんでしたか。『黒川影夫』さんの作品、全部で7作品あります。黒川氏は生前から自分が書き上げる作品は7作品だけであると公言してありました。なぜでしょうか。
最初から自分の書く作品数を限定することはさして珍しいことでありません。ただそれが『7』作品というのはどうも中途半端です。ではこの7作品にはどんな意味が込められているのでしょうか。
黒川影夫作品愛好家の間では有名は噂話ですが、1作品が一文字、自分の本名を表しているのでは、と。
一作品目が『猛き月』、二作品目が『地獄の死神』、そして『哀しい追放者』、『不可侵な聖域』、『残された遺産』、『漆黒の牢獄』、世に出ていない幻の作品と言われているのが『凍てつく虚空』。
それぞれを平仮名に直して順番に並べてみると、
・たけきつき
・じごくのしにがみ
・かなしいついほうしゃ
・ふかしんなせいいき
・のこされたいさん
・しっこくのろうごく
・いてつくこくう
これを一作品目は一文字目、二作品目は二文字目をとって順番に読んでいくと・・・。みごと『たご しんたろう』となります。これは黒川氏のちょっとした洒落のつもりなのかもしれません。
黒川氏の苗字が「たご」、そしてあなたの苗字も「たご」、これは偶然じゃないですよね」

「苗字が一緒なだけ。そんなこと言ったら「佐藤」なんて苗字が日本全国に何万人いると思ってるの」

「でも「たご」なんて苗字は数多い部類には入りませんよ」

「確率的にはゼロじゃない」

「・・・そんなこと言ったらキリがありませんが。まぁここでは黒川氏の本名が『たごしんたろう』であり、あなたがその孫ということでとりあえず話を続けます。ええっと、何の話でしたっけ。
そうそう、白岡さんはなぜ田子さんに負い目があったかって話でしたね。そもそも、白岡さんはなぜこの劇団のマネージャーになったのでしょうか、真壁さん」
 
「前に勤務していた会社をクビになったから、その会社で大きな失敗をしたから、って姫世からそう聞いてるよ」

「そのようですね。ではどんな失敗をしたんでしょうか、そしてなぜクビになってこの劇団だったのでしょうか、それについて猪井田さんから何か聞いていますか?」

真壁さんは黙って首を横に振る。

「これは完全僕の予想です。しかし最後まで聞いて欲しい。白岡さんは以前、大手の出版社に勤めていました。その出版社では『黒川影夫』さんの作品を扱っていて、そして白岡さんはその『黒川影夫』さんの最初からの担当者だった。
その為、『黒川影夫』と言う名前も担当者の『白岡光一』さんからとったのではないでしょうか。担当者の『白』『岡』『光』『一』のそれぞれ対応する漢字を当てたんだと思います。
『白』に対して『黒』、『岡』に対して『川』、『光』に対して『影』、そして『一』に対して『夫』を当てた。『一』に対してなぜ『夫』なのか、まぁ恐らく昔から男性の名前によく使われてきた言葉ということでしょう。
そう考えると、『黒川影夫』さんと『白岡光一』さんは全くの無関係ではないのでしょうか」

「飛躍のし過ぎじゃないかしら」

「そうかもしれません。たがしかしその白岡さんがなぜこの劇団にやってきたのでしょうか。そもそも白岡さんがした大きな失敗とは何だったのでしょうか。これは容易に想像できますね。そうです、黒川影夫さんの謎の死です」

「じゃあ、白岡さんが黒川影夫さんを殺した犯人ってことですか!?」

「いえ、そういう訳ではないでしょう。日本の警察もそこまでバカじゃないですし、もしそれが真実ならもうとっくに逮捕されて大問題になってますよ。僕が言いたいのは、白岡さんが間接的に黒川さんの死因を作っていたのではないか、という事です。
黒川さんの持病、田子さんなんでしたっけ?」

「・・・・・・心臓病よ」

「らしいですね。これは黒川影夫さんの作品に心奪われた人間ならほとんど知っている公然の秘密のようなものでした。ではその心臓病、なぜそこまで悪化したのでしょうか。もしかしたら生まれつき心臓が弱かったのかもしれません、
あるいは年齢もあるかもしれませんし、またあるいは長年の執筆活動で体を壊していたのかもしれません。そして担当者の白岡さんの度重なる原稿の催促も一因かもしれません。小説家にとって原稿の締め切りは必ずついてまわるものであり、
担当者からの催促はもはや宿命です。黒川さんは元来、それほど多くの作品を書く人物ではありませんでした。自分の納得した作品を納得いくまで推敲しそして納得がいったら発表する、そんな人でした。
しかし出版社としてはそうは言ってられない。この本が売れないと言われている時代に、発表すれば必ずベストセラーになる作家がいるんです。その売上は計り知れないものです。ならば質よりもやはり量を売りたい、そう思うのは無理もありません。
5年に1度、10年に1度では例え売れたとしても長い目で見たらトントン、いやむしろマイナスになることもあります。出版社は度重なる作品の量産化を押し付けます、担当者を通じてね」

「白岡さんが黒川さんに無理矢理作品をかけ、と言ったんですか」

「おそらく行ったと思いますよ。だって上司からの命令ですから。ただ勘違いしないでいただきたい。僕はその白岡さんは決して冷徹無比な人間だったとは思えませんよ。上司からの催促と担当し同時に尊敬する作家の思いとの板挟みにあったんだと思います。
自分の担当している作家がどんなタイプの作家かも熟知していたと思いますよ。目の前にいる作家は現代にして稀有な作家であり、一作一作に全精力を傾ける文豪。
作品1つ1つをまるで我が子のように思い可愛がり、そして鍛え直していく。そんな人間。黒川影夫をだれよりも理解していたからこそ、作品の催促には誰よりも気を使って神経をすり減らしたんだと、そう思います。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔