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凍てつく虚空

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ちょうど第二次反抗期に差し掛かり、両親などに反発する年頃である、と言った事実を含めてもこの年代で親元を離れて一人で生活するというのは想像以上に苛酷である。
話を聞けば、この上京も両親の同意を得て来た訳ではないとのことだ。
何らかの理由で喧嘩、あるいは絶縁関係にあり、言葉通り単身乗り込んできたとのことだ。つまり両親からの仕送り等は一切ないらしい。
ただ昔からの貯金を少しずつ削って飢えをしのいでいるらしい。
詳しいことを聞いても、その時だけは田子は悲痛な表情を浮かべた。
あまり聞かれたくない話なのだろう。私はそれ以上の詮索はしなかった。


霧もそうだ。
彼女は東京出身であると言ったが、しかし実家暮らしである、と言う訳ではなかった。
わざわざ自分でアパートを借りて、そこで自炊生活を送っているらしい。
御洒落とも、好きな男性との甘い生活とも完全に切り離した、完全に「今日を生き残る生活」を余儀なくされているという。
以前私は、霧のアパートを見に言ったことがある。
最初、何かのいたずらかと思った。
まさに絵に描いたようなボロアパートだったのだ。
マンガによく出てくるトタン屋根に変色した木製の壁、階段は一段二段錆びついて無かった。
特に駅が近いわけでも、ショッピングモールが近いわけでもない。
不便極まりないこの地で、家賃の安さだけが救いのアパートであることは一目瞭然だった。
部屋の中もまた然りだった。
布団とテレビ。それが全てだった。
それも今流行りの超薄型煎餅布団と、重量感たっぷりなブラウン管テレビ。
雑誌や台本をしまうような本棚が無いため、床に平積みだった。
後に聞いた話では、布団もテレビも自分の家から持ってきたものではなく、粗大ごみとしてゴミ収集所にあったものを持ってきたというのだ。
聞いたことがある。
「親は何にも言わないの?」
そしたら笑顔でこう返ってきた。
「たぶん、もう私のことは忘れてます。」
最初意味が分からなかった。どう言う事だと聞こうとも思ったが、霧はそれ以上は聞かないでくれと言う空気を出していた。
私は聞けなかった。
想像するに霧綾美も田子藍那同様、何かしらの理由で実家を飛び出してきたのだろう。




そこに教育係の知尻マリアだ。

面倒見の良さもあって、私達はあいつに浦澤・霧・そして田子の教育係を任せた。いや押しつけた。
演劇のいろはだけではない。
格安アパートを一緒に探してあげたり、お金のないときは夕御飯を毎回のように奢ってあげたり、失敗すれ共にば頭を下げに行った。
今、田子、そして霧がこうして何の屈託のない笑顔で劇団をかき回してあげているのは、知尻マリアと言う存在があってこそだ。
そのくらい知尻マリアは彼女たちの心の支えになっている。
早くに親元を離れた2人にとって、ある種母親代わりになっているのが知尻なのだ。

恐らくそれが一番の原因だろう。

「親離れ」するタイミングを失ったせいだろう。
つまりそのタイミングを失わせてしまったのは、私だ。
私が面倒見の良すぎる知尻に丸投げしてしまったおかげで、本来独り立ちしなければいけない年齢なのに精神的に依存しすぎた関係をずるずると引きずらせてしまった。
『仕方の無いことだ』か・・・。
ふ、都合の良い言葉だ。
要するに自分の責任だということをオブラートに包んでいるようだな。


ふと視線を田子と霧に向けてみる。
どうやら「母親」の知尻に怒られているようだ。


怒ってくれる存在がいると言うのは幸せなことだ。
道を正してくれる存在がいるということは。
自分で決めなくてもいいのだから。
その道を選んだ自分が責任を負わなくても良いのだから。




*  *  *




「さぁ、後は寝る部屋だよ。二階には個室があるらしいからね、ねぇ冬香?」

「まぁそうだね。11人がそれぞれ寝れるくらいの部屋の数はあったはずだよ」

「よし、じゃあ部屋割を決めよう」

取り敢えずキッチンには非常食もあったし移動しよう、と部屋のドアノブに手をかけた時だった

「これ何でしょうか?」

新馬だった。キッチンの壁に掛けられたリング状の物体に目を向けていた。
電気スイッチとは逆側の壁に掛けられていたその物体。
ドアを開けて右側に部屋が広がっていたが、これは左の壁に取り付けられていた。その為最初誰の目にもとまらなかったのだろう。
直径20cm、その太さ5mm弱程の、アルミニウムか何かだろうか、比較的軽めの金属に見えた。
新馬が持ち上げてみる。
カチャカチャと金属同士がぶつかる音がした。
それもそのはずだった。
リングの下のほうには『鍵』らしきものが幾つも繋げられていた。

「どう見ても鍵っぽいよね。」

「もしかしたら二階の客室の鍵かも」

鍵を手にしたまま例の90度カーブの階段を上る。
すると二階には横に広がる長い廊下があった。その廊下には両サイドにドアが綺麗に並んでいる。
つまり階段側と反対側にである。
階段側には6部屋、反対側に7部屋が並んでおり、合計13部屋が二階には存在した。
ちなみに新馬の見つけた鍵束を見ると、鍵自体も13個くっついている。
どうやらこの鍵が部屋の鍵とみて間違いないだろう。
ふむ。どれがどの鍵か調べるのが大変そうだな。そう思っていたが、思いのほか簡単に終わった。
ちゃんと鍵に番号が振ってあったのだ。しかも部屋のドアにもしっかりとプレートがはめ込まれており、そこにも部屋番号がナンバリングされている。
取り敢えず全ての部屋の鍵を開けておこうと言うことになり、猪井田は片っ端の部屋のドアを開けて言った。
我らメンバーは全11人、部屋は全て合わせて13部屋、少々余ってしまうがとにかく開けてしまおう。
私は一応鍵を開けたすべての部屋に目を通した。部屋ごとに大きな違いはなく、左右対称になっている程度だ。当然、見て回った中で私たちメンバー以外の人間が部屋にいたということはなかった。


あっという間に部屋割は決まってしまった。
ある程度仲の良いメンバーが近くの部屋割になったくらいで、別段大きな諍いは無かった。
その部屋割表が以下である。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  貴  |  鶴  |     |  鷹  |  新  |  猪  |    |
     |     |  霧  |     |     |  井  |    |
  中  |  井  |     |  梨  |  馬  |  田  |    |
     |     |     |     |     |     |    |
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――||
                                     ||
              廊下                     ||
                                     || 
――――――――――――――――――――――     ――――――――――|| 
  浦  |  不  |  田  |  知  |  階  |  真  |    |
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔