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凍てつく虚空

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白岡を除く劇団員は全11人いたが、ランク付けすると彼女は上から3番目に位置していた。
もちろんトップは劇団を旗揚げし団長に君臨する「猪井田姫世」、そして同じく共に旗揚げを行い副団長として劇団をサポートする「真壁冬香」。
そして「知尻マリア」はその次だった。
年齢もさることながら、入団した時期が早かった。『トワイライト』旗揚げの翌月だった。
元々猪井田、真壁、共通の後輩でもあった知尻。
大学こそ違えど知尻もまた演劇というものに興味があり、己の進んだ短大で同様に演劇関係の活動をしていたということもあった。
だが、その当時の団体と方向性の違いで揉めた後離反、そこに渡りに船と言わんばかりに猪井田たちのオファーがあったという訳だ。
なので比較的気心が知れていて、たまに呼び捨て口調が出てくることがあるが、特に本人に悪気があるわけでもないと、猪井田は思っている。
そんな彼女を一言で表すと、『万能的』とも言えるだろう。
先輩から見れば「甘えてくる可愛い後輩」であり、後輩から見れば「頼りがいのある先輩」であった。
頭の回転が速く雑務雑用を快く引き受ける後輩役、同時に事務作業で忙しいツートップに代わって後輩の教育係の一切を受け持つ器用さと指導力を併せ持つ。
雰囲気によって場を盛り上げる係と、烈火に怒りを露わにし後輩に憮然とした態度を示す係を担うこともある。
浦澤がムードメーカーとして機能するまでは、知尻が一手にその役割を引き受けていた。
最近では専ら、「田子藍那」と「霧綾美」と言う二大怪獣の指導係として動いている。
その器用さは演技にも表れ、子供からお年寄り、男から女、人間に限らず犬や猫は当然、中にはオオアリイの役を任されたこともあった。
動物に限らず、道端の木々と言った植物や、石像などの無生物も手掛けると言ったまさに何でもこなす万能屋という言葉が彼女を形容する最も確かな言葉だった。



さて、知尻の指さした部屋は大型暖炉のすぐ隣にあったあのドアだった。
猪井田はゆっくりとそのドアを開ける。
中は真っ暗、まぁ当然だった。

「誰か明かり点けてくれない?」

猪井田の言葉に誰かしらが必死で手探りで電気スイッチを探しているようだった。
慌ただしく床を蹴る音、壁を叩く音が聞こえるが聞こえるが、肝心の明かりはつかない。

ようやく、「パチッ」と言う乾いた音と共に、光の速さで暗闇が後退していく。
それと同時に部屋の全貌が明らかになる。

「広いですね。」

久しぶりに口を開いたのは貴中怜だ。
大きめなヘッドフォンを首にぶら下げて部屋の隅々に視線を向ける。

「ふむ、確かに。」

その部屋はダイニングキッチンだった。
つまりキッチンと食堂が同じ部屋になっているのだ。その分、我々がいつも使っているキッチンよりは随分と広い気がする。
およそ中学校の一教室なみの大きさと等しいと言っても良い。

部屋の中は大まかに説明するとこんな感じだ。

まずドアを開けるとこれまた大型な円卓テーブルが置かれている。
恐らくこれが食卓となるテーブルなのだろう。そしてその周りをぐるりと椅子が置かれていた。
部屋は右手の方向に広がっており、そちらの方向にはキッチンが存在する。
そのキッチン部分には一通りの調理器具も揃っていた。
鍋やフライパンはもちろん、お皿や箸、フォークスプーンと言った食器の類も十分だった。

引き出しがあった。
開けると大きな箱であった。
ちょっと引っ張ってみようと重い。
両手でようやく動かせる。
中には缶詰が沢山入っていた。

「思いのほか食料はあるね。」

「こっちにもありますよ。」

冷蔵庫を開けてある。なかには大きな二リットルペットボトルでミネラルウォーターが何本も入っている。
レトルト食品やインスタント食品も充分だ。

「これなら節約の使用ではメンバー11人が五日くらいは過ごせる量はあるわね。」

猪井田は頷く。

「替えの服はみんな持ってきてるわよね。となると残るは寝る場所ね。」

「えぇ〜〜、私シャワー浴びたい!」

「うるさい! シャワー無くても死なない。」

霧の我儘に知尻がぴしゃりと止める。
その背後で田子も霧と同じ表情だ。
今回は口に出さなかっただけで、同じことを思っていたようだった。



猪井田は常々思う。
この二人、いや二匹の面倒を見るのは大変であろうと。
恐らく生半可な指導力では彼女たちには太刀打ちできないだろう。太刀打ちできないどころではなく、逆に感化されてしまうだろう。
そうなっていないところを見ると、知尻マリアはうまくやっているのだろう。





田子藍那

霧綾美


この二人の紹介をしよう。
この二人はともに同い年で今年でちょうど20歳になる、立派な大人の女性だ。
しかし私には戸籍の間違いではないかと思う時がある。
そう、そのくらい幼い印象を受けた。

まずその容姿だった。
この二人を街ゆく人々に「何歳だと思うますか?」とアンケートを取ったら、十中八九「中学生」と答えることだろう。残りは間違いなく「高校生」だ。
そうそのくらい彼女たちは年齢相応に見られるということはまずない。

次にに挙げるのは、その言動だ。
今しがた知尻に怒られたように、彼女たちはどうも先輩と言う意識が無いようだった。
そう、彼女たちは劇団の中では中堅に位置する立場だった。
この世界では「年齢」と言う概念はさほど重要ではない。むしろキャリア、つまり「芸歴」が重要視される。
彼女たちが入団したのは今から4年前。
私たちは二人と出逢った。
実を言うとこの田子と霧、まるで双子のような感じではあるが、以外にも入団テストの際に初めて顔を合わせたのだという。
霧は東京出身だが、田子は関西の奈良出身だという。
まぁこの際、入団テストなんて言っているがそんな仰々しいものではなく、面接と称した雑談だけであった。
ついでに言うと、田子・霧・そして浦澤の3人は同期である。
年齢こそ3歳ばかし離れているが大切なのは芸歴である。
だからこの3人は練習中にでも平気でタメ口で話すし、休日でも一緒に買い物にも行くらしい。
さて話を戻そう。
この二人、知尻マリアの次に入団した人間である。
と言うことは他の不二見や貴中、鶴井、新馬や鷹梨にとっては先輩にあたる人物である。
ではこの2人が彼女たちに先輩らしいたち振る舞いをしたかと言うと、そんなことはない。
平気で練習時刻に遅刻はするわ、お腹がすけば機嫌が悪くなる。
楽しければはしゃぎ、悲しければ落ち込み、むしゃくしゃしていれば周りに当たり散らす。
オンオフ回路と言うものを持ってもいなければ、存在すら知らないと言わんばかりであった。
「先輩としての威厳」という言葉は彼女たちの辞書にないことが分かっていた。


しかしだ、それも仕方の無いことではないか
最近はそう思えるようになってきた。

現在20歳で、4年前に入団したということは、単純計算で彼女たちは16歳でこの世界に入ってきたことになる。
田子に至っては関西から単身上京し、この劇団のお世話になっているわけだ。
16歳である。
普通に進学していれば高校一年生である。
確かに大人の仲間かもしれないが、しかし完全に大人とは言い切れない年頃だ。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔