凍てつく虚空
ただしこれも完璧ではありません。もし誰か一人でも『窓を使ったのでは?』と発言すればすぐにトリックが露見してしまう。そこでよりそんな可能性を潰すために犯人は次のトリックを考えました」
「犯人はまだ何かやったの?」
「ドアを打ち破って無理やり部屋に入ろうとする、犯人はここまでは容易に想像できたはずです。しかし問題はそのあと。部屋の中に入った後、皆さんがどんな行動に出るか、そこまでは流石に想像できなかった。
もしかしたら一人くらい、窓にすり寄ってなにか気が付かれるかもしれない。そんな危険性を排除し様としました。
それが『鶴井舞さんの惨殺死体』です。血だまりのなかに倒れる鶴井さん、誂たように近くにはいかにもと言った感じの拳銃まで落ちている。これで皆さんは倒れている鶴井舞さんに視線と意識が集中します。
そう、これが犯人の狙いだったんです。お蔭で皆さんは『窓を調べる』と言ったごく基本的な作業すら失念してしまった。その証拠に浦澤さんは真っ先に鶴井さんに抱きついていますね。
医学知識も何もないのに、自分が彼女を助けられるわけでは無いと分かっているはずなのに、とっさに飛びついた。これだけでも皆さんの混乱ぶりは伝わってきます」
「それが犯人の思い通りだったと・・・」
「恐らくそうなるでしょうね。皆さんが鶴井さんに注目が集まっているとき、犯人は自然と近づき、窓に残った痕跡を抹消した」
「痕跡? そう言えばそもそも窓を使ったって言いますけど、じゃあ実際どんなトリックを用いたんですか?」
「窓から窓に渡ったんです。この山荘の窓はレバー式。レバーを90度回して開けたり鍵を掛けたりします。まず犯人は自分の部屋に戻るために自分の部屋の窓を微かに開けておきます。同時にその窓のレバーにロープを、まぁかなり太いロープですね、
これを巻きつけて固定しておきます。そのロープの一端を部屋の中でなく、外に垂らしておきます。
次に、1回ターゲットの鶴井さんの部屋を訪れます。暇だから何か話そう、かなにか理由をつけて鶴井さんの部屋に入ります。そこで適当に話をしながら様子を伺ってこの部屋の窓を開けて、
自分の部屋の窓かに着けていたロープを手繰り寄せて、鶴井さんの部屋のロープに括り付けます。これで準備は終了です。このロープをたどって自分の部屋に戻るだけです。
このとき万が一鶴井さんにばれても、まさかそれが自分を殺した後に使う密室トリックだとは思わないでしょう。
さぁ、あとは実行するだけ。隠し持っていた拳銃を鶴井さんの額に当てて引き金を引くだけ。轟音と共に鶴井さんは一瞬でこと切れる。残るは自分の部屋に戻るだけ。これは時間との勝負です。
今の轟音を聞いて、ほかのメンバーが異変に気づき、部屋に強行突入してくる前に、いえ正確には廊下から顔を出すまでに自分の部屋に戻らなくてはいけない。急いで今さっき自分が用意したロープにつかまって自分の部屋に戻ります。
部屋に戻ったら、身体や髪の毛についた雪を払い、同時にロープの回収を行わなくてはいけません。たぶんですが犯人はロープを輪のようにして、自分の部屋の窓と鶴井さんの部屋の窓をつないだのだと思います。
そうすれば、一か所を切ればロープが回収できます。
ここで問題になるのが、『鶴井さんの部屋の窓』です。いくら輪っか状態でロープを回収できても、鶴井さんの部屋の窓自体を閉めることができません。まぁ絶対に不可能、と言うわけではなかったでしょう。
犯人にはいくらでも考える時間があったんですし、道具をそろえようと思えばそろえることはできたはずです。でも犯人は急いで廊下に顔を出して『轟音を聞いて不審に思った人間』を演じなくてはいけません。
時間的にはちょっと無理だったのかもしれません。犯人にはそれが分かっていたので、鶴井さんの部屋に入ったとき、皆の視線が鶴井さんの死体に向くようにして、本当は鍵のかかっていない窓に意識を向けさせないようにしなくてはいけなかったんです。」
「本当に、本当にそれが解答なんですか・・・」
「それ以外考えられないでしょう。錠前と閂、外部から痕跡を一切残さないでこの二重のロックを完成させることは、現状では不可能ですね」
「じゃあ待ってよ。もし今の話が本当なら、それが可能な人間はそういないんじゃ・・・」
「えぇその通りです。窓を使って逃走したとなる以上、まず『鶴井さんと同じ側の部屋の人間』に限られます。窓から逃げても廊下をまたいだ自分の部屋には戻れませんから」
「となると、舞の部屋と同じ側の部屋にいた人間は・・・、貴中、霧、鷹梨、新馬、そして・・・猪井田姫世」
「正確に言えば、猪井田さんは亡くなられていますし、鷹梨愛に関してはその時刻に1階のロビィにいましたから除外してもよいでしょう。となった場合、条件にあうのは『貴中怜』さん、『霧綾美』さん、『新馬理緒』さんの3人になります。
そして実はさらに絞り込めます。
『新馬理緒』さんは犯人ではないでしょう」
「どうして?」
「貴中さん、霧さんは鶴井さんの部屋の隣だ。しかし新馬さんは鶴井さんの部屋から3部屋も離れている。距離にしたら10m以上離れています。10m以上離れた部屋から部屋へ、それも丈夫とはいえロープ一本でしかも猛吹雪の中を這って戻らなくてはいけません。
ならばどんな問題があるか。『鷹梨の部屋の窓のまん前を通らなくてはいけません』もし鷹梨が部屋に帰ってきて窓の外を見られたら、これはもう言い訳の使用がありません。真っ先に事件の犯人として疑われます。
確かに1階のロビィで猪井田さんたちと談笑していたかもしれませんが、いつ帰ってくるかわからない。
まぁそもそも体力がまず持ちません。かりにったところで移動に非常に時間がかかります。みんなが廊下に顔を出したときに間に合いません。以上の理由で、新馬さんがこの犯行を行ったとは言い難いですね。
では、残るは『貴中』さんと『霧』さんです」
「私じゃないし!」
「私だって違う!」
「霧さん、あなたが鶴井さんを殺したんではないですか!」
衝撃の一言だった。それをこの男は何とも淡々といた言葉だった。
しかし、そのぶんプレッシャーも存在した。
「・・・・・・、ば、馬鹿なこと、いわ・・・」
「僕はね、あなたが犯人だと考えているんですよ」
「ち、ちがう、私は・・・・・・」
「犯人はあんただ・・・」
切れ味鋭い声だった。緩やかな口調とは裏腹に剃刀以上の切れ味を存分に発揮した言葉だった。
「霧さん、お聞きしたいことがあります」
その拒絶を許さないという声に、一瞬その場の空気が凍りついた。そんな声だった。
「あなたは銃声を聞いた後、廊下に出てきましたよね」
「も、もちろん」
「その時、『髪の毛をふきながら』部屋を出てきましたよね?」
「え?」
「皆さんは覚えてらっしゃらないかもしれませんが、鷹梨がよく覚えてくれていました。もう一度お聞きしますが、その時髪の毛を拭いてらっしゃいましたよね?」
「・・・あぁそういえば」
誰かのつぶやきがポツリと聞こえる。
「なぜ髪の毛を拭かれていたんですか?」
「シ、シャワーを、あ、浴びて・・・いた・・・」