凍てつく虚空
そこでただ一人だけ、鶴井舞さんだけ部屋から出てこないことに皆さんは疑問を抱いた。鶴井さんの部屋の前に来てドアを叩いてみるが反応はない。ドアを開けようとしたが鍵が掛かっていてあかない。
そこで鍵を開けることにした。部屋のカギは1つの束になって保管されていた。鍵束と呼ばれるもので、2階の部屋すべての鍵がそこにつながっている。
鍵束が置いてある場所は、1階のキッチンの壁、その鍵束を取ってこようと移動したのが、真壁さんだった。
急いで1階から鍵束を取ってきた真壁さんは、その鍵を使って鶴井さんの部屋の鍵を開けた。しかしだった。
それでも鶴井さんの部屋のドアは動かなかった。みなさんは、錠前のほかに、固い木製の棒がドアの開け閉めを阻む閂が使われていることに気付いた。
鶴井さんの部屋は錠前と閂の二種類の鍵が使われていたことになります。こうなったら、ドアをぶち破るしかない、と考え猪井田さんや、ほかには浦澤さん、真壁さん、貴中さんらも参加して
そのドアを打ち破ろうとした。そして甲斐あってドアは破れた。
そこで鶴井さんの遺体を発見した。現在のところ何か問題点はありますか。特にない? では話を続けます。
浦澤さんが真っ先に鶴井さんに飛びついた。鶴井さんの額には銃創、つまり中で撃ち抜かれていた跡があった。周りには血が飛び散っていた。おまけに舞台では使わないような拳銃まで落ちていた。
・・・まぁ、ざっとこんなところが第一の事件の要約ですね。鶴井さんの部屋は内側から二重の施錠を施されていた。錠前と閂の2つです。
この2つを同時に施すのはまず不可能でしょう。部屋は完全な密室だった。
錠前は、真壁さんの持ってきた鍵束がある、とお考えかもしれません。しかし実際にはその鍵束を使うことは不可能だったはずです。だって鍵束の鍵で鶴井さんの部屋を閉めたとして、その鍵束をまた元に戻しに行かなくてはありません。
どこに?
勿論元あったキッチンにです。しかしキッチンに行くには階段を下りてロビィを横切らなくてはいけません。そんなことをすれば1階にいた猪井田さんや知尻さんや、勿論鷹梨だった気づくはず。
しかし御三方はそんな人物を見ていない。ならば、鍵束を使って廊下側から鍵をかけても元の場所に戻しに行くことは絶対不可能なんです。ん、なんですか貴中さん?」
「鍵束から舞の、鶴井舞の部屋の鍵だけ抜き取っておけばいいんじゃ無いの? 実際鍵束にはいくつもの鍵がつながっているから、パッと見るだけで1つ減っていることにも気づかないんじゃ」
「確かに、鍵束は10個以上ある鍵を、言葉通り束ねたものです。1つ2つ少なくてもよほど注意して見なければまず変化に気付きません。でもそれはありえません。
それは何故か。こちらも今しがた説明したように、『元の場所に戻しに行くタイミング』がありません。鍵束を持ってきてくれた真壁さんは難なく鍵を使って鶴井舞さんの部屋のドアを開けたんですから、その時には鍵は鍵束に戻っていました。
これでは説明がつきません」
部屋からは残念そうな吐息が聞こえる。
「唯ですね、裏を返せば『鍵束で鶴井舞の部屋のドアを開けるその瞬間』前に鍵を返せば貴中さんが言って言葉も、まんざら冗談でもありません」
全員が息をのんだようだった。
「僕は、真壁さんが鶴井さんの部屋のドアの鍵を開ける瞬間までに鍵を真壁さんが持っていれば、何の問題も生じません。つまり良いですか、鍵束から鶴井舞さんの部屋の鍵だけ抜き取っておいて、事件当時に鍵束を取りに行って戻ってくる間に
鍵を鍵束に戻すことができれば、可能かもしれません。」
その言葉でその場に居合わせた全員が身を翻したのがわかる。
「事件当日、鍵を持ち運びした真壁さんなら、錠前を掛けることができる、その可能性があります」
「・・・・・・・ちょっと待ってください」
月並みな言葉だ。劇団員ならもっと気のきいたセリフの1つでも言えないのか。そう思った。
「ただし、これは正解ではありません。何故か、犯人はこの山荘の所有者の親族です。そしてこの山荘で惨劇が行われることも熟知していたはずです。もちろん、このような密室殺人を行うことも。
ならば必然的に部屋の鍵を使うことも当然知っているはずです。ならば、合鍵の1つや2つは用意するものです。律儀に鍵束から鍵をくすねて、なんて危険なことをする必要性は全くありません。
ですので本当の犯人なら、このようなことは起こりえません。
そうです、真犯人は合鍵を持っている可能性は十分あります。むしろ大切なのは、そのあとです。『どうやって閂をしめたか』、これに限ります。僕も試してみました。ドアの隙間に針金を通したり、あるいは磁石や雪を使ったトリック、
そういった類が使われた形跡が全く見つかっていません。雪国使用でドアと壁の隙間はほとんど無い、磁石を使おうにもドアが部厚すぎる、雪を使っても下のカーペットに染みが残る。どれもクレバーなやり方とは言えません。
となるとドアの閂を部屋の外から操作するのは極めて困難と言うことがわかりました。では犯人はどうしたのでしょうか。部屋の中で鶴井舞さんの殺害後、どうやって閂を掛けたまま外に逃げ出せたのでしょうか」
そうだ。その通りだ。鶴井舞の部屋は殺害当日、完全な密室だったんだ。
犯人が外に出れるわけでもない。
さぁ、名探偵。あなたはどんな回答を用意するのかな・・・
「僕の考えを言います。犯人はドアから逃げていません」
なっ・・・・・・!
一瞬、金切り声をあげるところだった。しかし最後の最後でそれを喉の奥に引き留めた。おそらく他のメンバーも同じであっただろう
「じゃ、じゃあ、犯人はあの部屋の中にいたって言うの? 」
「ええっと、すいません言葉が悪かったですね。残念ながらあのとき部屋の中には犯人は存在していなかったと思います。だってそもそも廊下に出てきたときには、鶴井さん以外は全員出てきたんですよね。
犯人はドア以外の場所を使って鶴井さんの部屋を脱出、その後何食わぬ顔で皆さんと合流した。ではどこを通って犯人は部屋を脱出したのか。今説明したようにドアは密室にするために鍵をかけたので使えません」
「・・・・・・まさか窓?」
「御名答。ドアが使えない以上、ドア以外で外界と連絡しているのは、ドアの正面に存在する『窓』、これしかありません。犯人は窓を使って部屋を脱出したと考えるのが妥当です。
消去法であまり説得力がないかもしれません。しかし、実際にこの可能性を考えると、思いのほか悪い考えでもありません。
まずこの窓、今皆さんがとっさに答えが出てこなかったように、盲点になります。
皆さんで協力し必死で押し破ったドアは、そこは絶対的な施錠が施されている、となるとどうしても『ドア』の鍵をどうやって解決すればよいのか、これに思考が偏ってしまいます。冷静なら窓を使ったという可能性に気付いたかもしれないのに、
この特異極まりない状況なら見落としやすい観点ではあります。犯人はそこを狙ったのでしょう。