凍てつく虚空
しかしだ。一方で鍵のトリックに関してはそうはいかない。新馬さんは真壁さんが鍵を開けたふりをしたといったが、どうも俺はそれが不可解だった。だって鍵を開けたふりに関しては練習のしようがないんだ。
確かにより不自然にならない自然な鍵の開け方は、ビデオに取るなりして練習することは一応は可能だ。ただこれは先ほどの磁石のトリックに比べて不確定要素が強い。
他の人に見られてばれる可能性が非常に大きい。ほかの人間の視線や意識を計算に入れて準備しなくてはいけない。これは厄介だ。だって練習のしようがない。
練習のしようがない。練習ができなければトリックがバレる可能性がある。犯人はそんな一か八かのトリックを使うだろうか。
突発的な事件なら分かる。何の道具も準備もできない状況なら、演技一発でできるトリックを選ぶこともあるだろう。しかし今回は違う。明らかな計画殺人だ。準備の山ほど期間はある。
犯人が合理的な判断を下す人間なら、そんな不確定要素満載なトリックは使わないだろうと予測したわけだ。
そこで、俺は新馬さんのトリックは真実味にかけると判断した。
まぁ、事実、鍵を開けたのが真壁さんじゃないって分かった。恐らく真壁さんは犯人じゃない。
となると、田子さんの毒殺事件も怪しい。なぜか。これも今言ったように、確実性がなく不確定要素が大きいからさ。
新馬さんは箸の逆側に毒を塗る、逆さ箸トリックを考案した。確かにこれなら自分やほかのメンバーに危害を加えずに、田子さんだけを狙うことができる。しかし、これも大きな穴がある。
『真壁さん自身、自分がどこに座れるか分かっていない』と言うことさ。一見すると新馬さんのトリックも良さそうに思えるが、そもそも毒の仕掛けられた逆さ箸をテーブルのどこに置けば良いか、それは真壁さんにも分からなかったはずだ。
田子さんが何処に座るかわからなかった以上、自分自身がどこに座ることになるか分からなかったはずだ。
じゃあ全員分の箸の逆側に毒を仕込めば良いのか?
それも違う。そんなことすれば、他の誰かが逆さ橋をする事に被害者が増えていく。これは危険だ。
もう一つ田子さんの事件で気になるのが、犯行声明文だ。犯人はなぜこんなものを用意したのか?
犯人は田子さんを殺害しようと思っている、これは間違いない。だったらだ、犯行声明文を当てて本人に警戒させるなんてことはしないはずだ。そもそもメリットがない。
直後の食事だってそうだ。田子さんは思うはずだ、明白に怪しいと。普通はこの食事に毒が入っているのではないかと考えるはずだ。田子さんにそう思われたら犯行だってやりにくいはず。では犯人が犯行声明文を出した理由がまるっきりわからない。
そもそも田子さんには犯行声明文を出したのに、鶴井さんと浦澤さん、そして猪井田さんに犯行声明文を出さなかった理由も定かではない。
犯人が田子さんにだけ犯行声明文を出した理由が今のところ分かっていない」
「結局のところ、どこまで事件の全容が見えてるの?」
「まぁ、なんて言うか、『ある程度』は、ってところかな。そうだ、ちょっとお願い事があるんだ」
自分の荷物からメモ帳を取り出し、その一枚を乱暴に切り取る。一緒に挟んであった廉価性のボールペンを手に取り、そこに色々なことを書き込んでいく。
鷹梨も不思議そうにそれを眺めている。
―――さぁできた。あとはどうやって犯人を追い込むかだ。ふむ、やっぱりこの手しかあるまい
出来上がったメモ帳を鷹梨に手渡す。
「メンバーの皆さんを呼んできてくれ」
* * *
「皆さん、わざわざ集まってもらって申し訳ありません」
「何だってんだい、私たちを呼び出しておいて」
「今回の一連の殺人事件の犯人が分かったんです」
その瞬間、ザワザワとした小さなざわめきがあった。
空気は緩やかに流れ、そして事の発端の男性に集まる。
「今回の連続殺人の真相が・・・」
仰々しく、一言一言ためて発せられる。その様子が苛立たしくもあった。
「今から皆さんにお話しすることは、僕自身が推理したものです。僕がこの山荘に来る前に起きたこと、皆さんの証言、そして実際に体験したこと、それらすべてを加味して出した僕なりの答えです。
もちろん、異論反論はあると思います。それはそれで構いません。しかし僕の答えがすべて出た後、そのあとに受けたまります。それまでどうか稚拙でありますが、話を聞いてください」
誰も何も発しない。肯定の合図のようだ。
では、と男性は続ける。
「そもそもこの山荘、こちらは皆さんご存知の通りかの有名な『黒川影夫』氏によって建てられその執筆活動のために存在する建物です。いわばこの建物はその『黒川影夫』氏の所有物です」
「それは知ってるよ」
「言葉をはさむのは・・・」
「・・・悪い」
この程度の遮りにも容赦しないのか。自分はそう思った。
「続けます。しかしながらその所有者である『黒川影夫』氏は数年前に謎の死を遂げている、言わばこの世にはいない存在です。ではなぜ我々はこの山荘を利用できたのでしょうか?」
「・・・・・・」
「・・・あぁ、全く口を挟まれないというのもつらいものですね。失礼、前言は撤回します。申し訳ありませんが適度に、適度に質問や返答などをお願いしてもよろしいですか」
「・・・、ええっと、なぜこの山荘を利用できたかって質問でしたよね。だとしたら答えは簡単です。この山荘のドアに鍵が掛かっていなかったからです」
「正にその通り。この山荘に鍵が掛かっていなかった、つまり誰でも入ることができる状態にあった、と言う事です。これは考えると中々に妙な話です。自分の家に鍵をかけ忘れるでしょうか?
勿論、かけ忘れる人もいるでしょう。しでもここは数年前から使われなくなった廃山荘です。最後に使われたのも当然5年前。遺族の方が遺品整理で何度か訪れたことがあったとしても、最後には鍵をかけるもの。
それがここに来るのが最後だと分かっていれば、尚更鍵をかけたかどうかの確認はするはずです。
なのにも関わらず、この山荘のドアは鍵が掛かっていなかった。
・・・まぁ、それは良いとしましょう。遺族も放心状態でついうっかり鍵をかけ忘れた、と言うことも無いわけではありません
大切なのはこの先です。鍵が掛かっていなかっただけでは無いはずです。この山荘には様々なものがあった」
「携帯食料や水ね?」
「正に。食料や水がこの山荘に置きっぱなしになっていた。これのお蔭で皆さんはこれまでひもじい思いをしないで済みましたが、しかしこれが最初の疑問でした。なぜ食料や水が廃山荘のここに置いてあったのか。それもご丁寧に人数分も・・・」
はやりそこに気付いたか。
自分はそう感心した。『トワイライト』のメンバーは比較的そういった根本的な問題に疎い。猪井田あたりは総管轄をしている分まだ鋭いが、そういった自分たちの置かれた状況の根本を問いただす人間が少ない、と自分は踏んでいた。
だから山荘に食料や水が置いてあること自体に疑問を抱く人間はまずいないと思っていた。
そにこ現れたのが、こいつだ。
自分は小さく奥歯をかみしめる。