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凍てつく虚空

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しかし閃は壊れ物だ。優しく扱わないとたちまち壊れてしまう。閃いたからといって、急に突き詰めて言ってもすぐに壊れて無に帰ってしまう。それではダメだ。
まずは周りからゆっくり固めていくしかない。
ゆっくり固めて言って、少しずつ手で包み込んでいくしかない。


ゆっくり、ゆっくりと・・・・・・・。




*   *   *









ふと視線を目の前の鷹梨に戻す。
彼女は依然として単行本に視線を落としていた。
周りを確認する。当然だが誰もいない。このロビィにいるのは自分と鷹梨だけである。若い男と女が同じ空間にいる。鷹梨のお仲間はといえば二階の自分の部屋にこもっている。部屋のドアは分厚くちょっとした声なら届かない。
もし大声を出したとしても、口を塞がれたらその悲鳴は仲間のもとに届かない。
それを彼女は知っているのだろうか。
もし自分が殺人犯で、次にお前、鷹梨愛を殺害しようとしたとき、お前が泣き叫んでも仲間が来ない可能性があるんだぞ。殺人犯の自分が捕まっても良いと思ってた場合、いくら助けを読んでも殺されてからでは何の意味もないんだぞ。
それを分かっているのか。


自分は甚だ疑問になる。

自分は連続殺人の途中に来たから、絶対犯人ではないと思っているのか。
もしそうだとしても、まだ完全なる理性の、溢れ出す性欲を抑えきれる理性を持ち合わせていない人間かもしれないんだぞ、自分は。
分かってるのか。鷹梨愛。
それなのに、お鷹梨お前は何の警戒の体制も出さずに悠々と本を読んでいる。
本気か。
もしかしたらお前が犯人なのか。
お前がこの連続殺人事件の犯人なのか。
自分が連続殺人犯だから、これから事件は起こらないと、もし何かあれば隠し持った武器で応戦すると、そう思っているのか。
君の右ポケットには、サバイバルナイフが隠されているのか。自分が油断した隙に、そのナイフで自分の喉元を掻っ切る気か。あぁ、本気でそう思えてくる。

自分自身も疑心暗鬼になってきている。
なんとかしなくては。時間とともに自分の平常な精神も蝕まれていく。これは時間との戦いだ。なんとかこの柔らかい理論を確固たるものにしなくては。


そんな時だ。ふと、彼女の手元の本に目がいった。


「『漆黒の牢獄』かい」

「へ?」

「いや、今読んでいる本だよ」

「あぁ、うん。そう。この山荘に来てから何と無くて取ってみて、気がつけば結構読んじゃった。気がつけばこの本が最後なんだ」

「どこまで読んだ?」

「んと、後藤田って大学生が建物から消えたところ」

「そっか・・・」

そう言うと再び鷹梨は小説に視線を落とす。瞬きするのも億劫なくらい作品の世界観にはまっているようだった。
ふと思い返す。
自分がこの作品、『黒川影夫』の『漆黒の牢獄』を初めて読んだ時のことを。

舞台は、九州地方の山奥。大学のサークル仲間が半ば肝試しの合宿と称し、山奥の洋館へと趣いた。
遥か昔、明治の頃に建てられた洋館はしかし、その持ち主を失い、現在の空家同然の建物となってしまった。交通の便も悪く不況のこのご時勢、特に買手がつくわけでもなくただ放置されていただけだった。
それに目をつけた某私立大学のミステリ小説サークルの面々が、この洋館でキャンプをすると言出した。
皆一様に肯定の返事をし、バスでこの山荘にやってきた。
山奥にあり、バスも要望客がいれば運行する程度のさびれたものが一本運行しているだけ。そんな陸の孤島とも言える環境が彼らを奮い立たせた。
男子4人女子4人、合計8人が洋館に到着した。
当然、ガスも水道も電気もないところで、メンバーの一人が言い始めた。
「事件を起こそう」
洋館に行き当たりバッタリ来たは良いものの、やることがない青年が言い放ったものだった。
他の7人もその言葉にのり、『殺人ゲーム』を開始するのだった。
くじを作る。そのくじには1つの当たりと7つのはずれが記されているシンプルなものだった。
当たりを引いた人間は犯人役、はずれを引いた人間は被害者役、あるいは自分からかって出て探偵役になっても良い。
なお、くじの内容はほかの人には一切見せないよにする。
犯人役になった人はその場で即座にトリックを考え、数人を殺す。まぁ、殺すといっても殺す真似だけして自分は何食わぬ顔でみんなと合流する。と言ったものだ。
残された人は、手がかりを集めて誰が犯人役かを探す、そんなゲームを開催することとなった。
そう、ただの余興だ。再び帰りのバスが来る3日後までこのゲームで盛り上がろうという話だった。
『殺人ゲーム』は滞りなく行われる、はずだった。

しかし自体は急降下する。
一人目の被害者の後藤田と言う大学院生がいなくなる。
当初、犯人役の指示で当分姿を消していると思われていた。
しかしいくら時間が経っても後藤田が姿を表せる気配がない。
次に姿を消すのが、確か小野寺と言う女子学生だ。この女子学生も広い洋館の中を歩いていて、急に姿をくらました。
そして極めつけが三人目の橘だ。こいつは女ったらしで借金を重ねて他のメンバーからも避けられていた人間だ。こいつも姿を消していよいよ風向きは変わってきた。
今まで姿を消した被害者たちが一向に出てこないからだ。
これはあくまでゲームであって、本当にいつまでも姿を表さないのは不思議であった。
そこである一人が言い出す。「もしかしたら本当に殺されてるんじゃないですか」と。
そこから徐々に怯え出すメンバーたち。口では「まさか」と呟いているが、しかし一向に姿を見せない仲間たち。
帰ろうにもバスはまだ来ない。逃げ出すことができない。
まさに牢獄。光の差し込まない闇夜に佇む洋館はまさに『漆黒の牢獄』そのもの。
不安と憔悴、そして恐怖と絶望、それらが溢れていく。
人間の心がどんどん蝕まれていく、そんな情景が描かれている作品だった。

鷹梨がその世界観に惹きつけられているその、そんなリアルな心理描写があるからだろう。
ふと前のことを思い出した。この作品を友人に貸したことがある。
その友人がこんなことを言った。「人間が追い詰められていく心理描写がリアルだね」と。
自分はそんなことを思ったことは一度もなかった。いや、これは何も作品を貶しているわけではない。『漆黒の牢獄』は作品としての完成度も高いし、なにより人を惹きつける魔力を持っている。
自分が言いたいのは「リアル」と言う言葉を使うことに疑問を感じたんだった。
リアル、つまりは現実的と言う意味で、さらにこの友人は正確な、という意味で用いたんだろう。
自分にはそれがはなはだ疑問だった。

現実的な、正確な、
本当にそうなんだろうか。その友人はそういった表現を用いたが、彼は一体何を根拠に「現実的」「正確」と述べたのであろうか。
言わば「比較」の問題だ。作品が現実的・正確というからには比較の対象が必ず必要だ。何と比べて現実的なのか、何と比較して正確なのか。
恐らくではあるが友人は、己の中の「現実」と比較したんだろう。自分が考えている「現実」と比べてより現実的、己の中の「現実」と比較してより正確に描写されていると。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔