凍てつく虚空
漆黒の闇からは無尽蔵に雪が排出されている。
あぁ、さっさと止んでくれよ。心の中で呟く。そのまま視点をもう一度プレハブ小屋に移す。
拝見させてもらったが、なにも進展は無かったな。分かったことといえば、やはり今回の事件は本物の連続殺人事件だったってことだ。
解決の糸口が見つかった事件ほどワクワクし心躍るものはない。しかしさっぱり分からない事件、暗中模索の事件ほどはやく終わってほしいと思うこともない。
さっさと終わってほしい。逃げ出したい。そう思わずにはいられない。
そう、その時だった。
ふと、なにやら違和感に駆られた。
しかし、目の前にあるのはさきほどのプレハブ小屋だ。
見たところ、特に変な個所は見当たらない。
無機質な外壁に、大小さまざまな氷柱。その中には毛布で包まれた4つの遺体。そして様々な雑具。
はて、自分でも不思議だ。これらの何に違和感を覚えたのだろう。
一つ一つ頭の中で思考を巡らせる。
なんだ、なんだ、なんだ・・・
「鷹見くん、どうしたの?」
背後からの鷹梨の声だった。
しかし正直、今は鷹梨の声が少々うっとうしかった。こっちは違和感の正体を暴くのにいっぱいいっぱいなんだ。
なんだ。この違和感の正体はなんだ。俺は何に心を動かされているんだ。
落ち着け。
落ち着け。
なんだ。
一体なんなんだ。
「ねぇ、鷹見くん」
肩をたたかれた。
そう、その時だった。
背筋に寒気が走った。寒気なんてものじゃなかった。
背骨に液体窒素を流し込まれた感覚だった。背筋から全身に悪寒が占領した。
そうだ・・・・・・
違和感の正体がわかったぞ。
「これ」だ。
「これ」が違和感の正体だ。
なぜあれが・・・
そこまで考えたとき、全身が揺れる。
鷹梨だ。鷹梨が心配そうな顔でこちらを見ていた。右手をしっかりと握っていた。
「ねぇ、鷹見君。本当にどうしたの? 大丈夫?」
その本当に不安そうな表情を見て、あぁ、とだけ頷く。とりあえずその場はそれで終わることにした。
一緒に並んで山荘の中に帰っていく間、僕は次の思考を巡らせていた。
* * *
山荘は完全に沈黙しきっていた。
無理もない。僕は正直そう思った。
自分たちの身近な人間が一人、また一人死んでいく。それも単純な事故でなく、明らかに人の手によるももの。
そうそれらが殺人なのだ。
逃げも隠れもできない閉ざされた山荘の中で、誰かが殺されていくのをただじっと見るしかない。
次は自分かもしれない。今回は殺されなかったが、次は自分かもしれない。
そんな戦々恐々とした時間を過ごしているからだろう。
そして何より、その犯人が私たちの中にいる。それが精神的圧迫のさらなる要因になっていることは確実だろう。
もはや、メンバーの皆さんは自分の部屋に潜り込んで、そして鍵を掛けて一歩も外に出てこないつもりだろう。
少しでも、そう少しでも自分の身を自分で守る、そんな防衛本能が彼女たちをそうさせているのだろう。
目の前の鷹梨愛以外は・・・
自分がいる場所は一階のロビィだ。
先程まで消えていた暖炉の炎を点け直し、再び大きなソファに腰掛ける。その相向かいに鷹梨はいた。
何をするわけでもなく、持ってきた単行本を手に、ずと視線を落としている。
寝ているのか、あるいは本を開いているだけで、先輩の死で意識が遠くに行っているのかと思えばそうでもなく、定期的にページを捲っているので案外普通なのだろう。
もしかしたら、自分の部屋にこもっているいる皆も、部屋の中ではこんな普通なのかもしれない。
精神的に参っているのではなくって、それを通り越して、もはや『普通』の状態になっているのかもしれない。
一種の防衛反応かもしれない。己の精神的ショックを和らげるために、脳が無意識に今までに起こった出来事を意識の外に外に追い出しているのかもしれない。
そうやって何とか自己の精神の崩壊を防いでいる、そうとも考えられる。
まぁ、そんな推理は無用だ。なぜならそれを考えたところで、何ひとつ解決策は生まれない。ただ事件の解決に関係無いことで脳の容量を無駄遣いしてしまうだけだ。
まずは事件について考えるんだ。そう、もう一度頭から。
最初の事件は、密室で行われた事件だ。密室、それ即ち外部から開け閉めすることができない、閉ざされた空間のこと。
密室内で被害者がいた。その被害者は拳銃で額を一撃で打ち抜かれていた。出入り口は二つ。すぐ山荘のそとに出れる窓と、廊下に出れるドア。
窓はしっかり鍵が掛かっていた。ドアも二重の鍵が、それは閂と錠と二つの鍵が施されていた。
窓にしろ、廊下にしろ、一回外部に出てから鍵を締めるというのは言うほど生易しいものではない。雪を使ったら跡が残るし、磁石を使えばできないし、新馬さんの言った拳銃を磁石で扱うにしても問題は残る。
犯人はどうやって鍵を締めたのか。
二つ目の事件。田子藍那さんの事件。田子さんは犯行告発文を受けていた。その告発文を親友の霧綾美さんに相談していた。
そしてその後の夕食で、田子さんだけが毒でこの世を去った。
どのに誰が座るか、それは誰にも予測はできなかった。犯人は犯行予告分を出した田子さんだけを何か神業を用いて、ピンポイントで毒を盛り殺害することに成功した。
では犯人はどうやって、どこに座るかもわからない田子さんを一人だけ殺害することができたのか。
三つ目は浦澤さんの事件だ。鶴井さん、田子さんと殺害しメンバー内では疑心暗鬼が続いている。この山荘内にいる誰かが犯人である、しかしその誰が犯人かは分からない。
次は自分が狙われるのかもしれない、そんな不安と恐怖を感じている時に一人の人物、浦澤瞳はこう言いだした。「犯人がわかった」と。そして浦澤さんは二階に上がって行き。他の全てのメンバーはキッチンで待機していた。
その間、キッチンを離れた人物はただの一人もいなかった。トイレに行き、ほんの数分姿を消したということも全くないそうだ。しかしその20分後には二階の自室で浦澤さんは首をつった状態で発見された。
犯人はどうやってキッチンにいながら、二階の浦澤さんを殺害することができたのか。
そして最後の事件。これは猪井田さんの事件だ。
これは自分がこの場に居合わせたから全ての状況が把握できる。今回の事件について考えていた自分は、いつの間にか寝ていた。そして気がつくと目の前の明かりが消えていた。そして、二階から悲鳴が聞こえた。
二階に駆けつけてみれば、猪井田姫世さんが胸を刺されていた。状況は最悪。ここで医学に精通している人、そして手術室があれば助けることができたのかもしれないが、自分は何もすることができなかった。
そこで猪井田さんは死ぬ間際に「アオ」と残して息を引き取った。猪井田さんは確実に犯人の顔を見ている。この「アオ」とは即ち犯人のことにほかならない。でもそもそも「アオ」とは誰を指すのか。
これが今、自分の前に提示されている謎の全貌である。
そして先ほど、山荘の玄関の外のプレハブ小屋を見た。鶴井さん、田子さん、浦澤さん、加えて猪井田さんが収容されているプレハブ小屋だ。この小屋を見て何か閃いた。