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凍てつく虚空

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しかし一度美味しい話を聞いたあと、お預けを喰らえば人間誰しも欲が出る。その人間の底なしの欲望を描いた作品だった。
最後は確か、最後の最後まで生き残ったものがいなく、そして遺産自体も実は架空のものだった。そんな話だった。
人間の欲望とその虚しさを描いた作品だった。


なんとも嫌味めいた作品名だ。
遺産。
死に行くものが、残されたものに残す最期の品。それが遺産。
なぜだろう。ここまでくると、寒気がしてくる。黒川影夫の書いた作品が、全て今回の事件にシンクロしてくる。


あぁ、やはり面白い。傑作だ。
いつ読み返してもやはり『黒川影夫』の作品は秀逸だ。



最初は『猛き月』。満月のよるにこの山荘にやってきた。あのまん丸に照らされた月夜からこの凄惨な事件は起こった。
次が『地獄の死神』。それはまるで死神のごとく、私たち劇団員を襲い始めた。姿もなく、まるで煙のように現れて、最初の被害者の鶴井舞を殺害した。
その次が『哀しい追放者』。そう鶴井の次の犠牲者になったのが、追放者と名付けられた田子藍那。その追放者を裁くかのように毒を盛られて殺害された。
そして『不可侵な聖域』。浦澤が殺された。彼女が殺された時、私たち全員がキッチンにいた。そのキッチンから一歩でも出た人間は誰ひとりいない。誰ひとり出た人間がいないのに、浦澤は無残な首吊り死体となって発見された。
まさしく、メンバーがいたキッチンは聖域であったし、そこから誰も出ていないということは、彼女たちが互いに証人となっている。
今回の『残された遺産』。これで殺害されたのは、リーダーの猪井田姫世。真夜中に起こった刺殺事件。お腹を深々と抉るサバイバルナイフ。ほかの事件と異なり、皆が人が生きている状態から、
死ぬ瞬間を垣間見ることができた。その瞬間に残された「アオ」と言うダイイングメッセージ。これは猪井田さんからの生きている人間に対しての最期のメッセージ、そう最期の遺産なのだ。



クックッと喉を鳴らす。
はっと気がつく。私は何をしているのだ。危ない危ない。誰かに聞かれたらどうするのだ。
でも安心しろ私。誰も聞く人間なんていないじゃないか。こんなところで精神をすり減らしてもしょうがない。私はまだ最後の仕事が残っているんだ。それまではなんとか精神の集中と高揚を保たなくては。
そう、最後の仕事まで・・・。




*   *   *






猪井田さんを毛布で包んだ。もはらピクリとも動かなくなってしまった猪井田さん。
正直、この猪井田さんにそこまでの思い入れはない。たまたま遭難した山荘で出会った、ただそれだけの関係だった。
しかしながら、連続して起こった殺人事件の解決役として登場してしまった以上、猪井田さんの死はそれだけの関係以上のダメージを僕に与えてきた。
少なからずプライドが傷ついた。
ミステリ好きで多少なりとも謎解きの心得を持っている人間としては、目の前で人ひとり殺されるというのは、何とも言い難い忸怩たる感情が存在した。

猪井田さんの亡骸に縋り付いて、それも大泣きするのではなくて必死でその感情を押し殺した鷹梨の姿は、非常に心を貫いた。
探偵役の自分に罵声を浴びせるわけでなく、かと言って励ましの言葉を掛けるわけでもなくて、ただただ咽び泣く彼女の後姿を見せつけられた。
それだけで十分だった。
心臓に漬物石が何十個も乗せられたようだった。

「猪井田さん、運ぼっか?」

知尻さんだった。蚊の鳴くような何とか聞き取れる言葉だった。しかし他に彼女の言葉を遮るものが無かったため、いつも以上によく聞こえた。
他の皆は黙って頷いた。
鷹梨と綾さんとそして貴中さんの3人で猪井田さんを抱え込んで、山荘の玄関をゆっくりと出た。僕もそれについていく。
山荘の玄関を開ければ、そこは闇が支配する世界。降り積もる雪の白の何倍もの濃密な黒の闇が詰まっていた。
吹雪も流石に鳴りを潜めたようだった。それでも真夜中の雪ではやり捜索隊は出動できないだろう。
そんなことを考えていると、鷹梨たちは玄関のすぐそばのプレハブ小屋に近づいていた。
表面が無機質なプラスチックで覆われて、所々錆が浮いている。天井からは大きな氷柱が垂れ下がっていた。
先頭の鷹梨がプレハブ小屋のドアを開ける。中には同じように毛布で包まれた塊が3つ置いてあった。
前の犠牲者だ。言われなくてもそう感じた。
ええと、確か、鶴井舞、田子藍那、浦澤瞳、だったはず。顔は見えないがそれぞれ既にこと切れていることは分かった。
きれいに並べられた3つの遺体の横に、猪井田さんを横たえる。
プレハブ小屋の中を見回す。
山荘の中とは違って、この中は非常に質素で閑散としている。天井には裸電球ひとつ。
床だって、雪かき用のシャベルやスコップ、ビニールシートや麻縄、非常用のストーブ、そしてその燃料などが乱雑に置かれていた。
特に何の変哲もない普通の物置小屋だった。

僕は毛布に包まれた4つの遺体に焦点を当てた。もしこれが生きていたとしたら。そう考えずにはいられなかった。
今回の一連の連続殺人事件、それは全て演劇集団の茶番だったということになる。もちろん、鷹梨がそんなことをするとは考えずらかったが、鷹梨だけが知らされていなくて、唯単のドッキリ大作戦という可能性もないわけではない。
もちろん、悪趣味この上ないが、まぁ可能性の話ならあり得ない話ではない。

徐に毛布に近づき、それをはぎ取る。
背後にいる鷹梨たちはきっと大仰な顔で驚いていることだろう。そんなことは関係ない。毛布をはぎ取ったらそこには小柄な少女が横たわっていた。
白く陶器のように透き通った肌をしていた。体は小柄で非常に華奢。衣服を着ていてもそれは感じ取れた。しかし一番目を引いたのは、額の銃創だった。
日本人形のようなきれいに整った物静かな表情、その額にはにつかわない、どす黒い穴。直径1cm程度の穴。噴出したときには色鮮やかな鮮血だったのであろう、しかし今は酸化して暗褐色を帯びている。
それだけでも凶行から幾分の時間が経過してることを表している。

もう一目瞭然だ。これでは完全に亡くなっている。大学では医学部の友人に頼み込んで人体解剖実習に潜り込ませてもらったことがある。
教授にばれたら大目玉をくらう、下手したら大学にもいられなくなると言われた。それををなんとか頼み伏せて人体解剖風景を見せてもらった。
医学的知識のない僕でもわかった。死んでしまった人間と言うものを。遺体はタンパク質の塊というよりも、人形に近い。唐松人形やフランス人形のようだ。
人間の形に限りなく近いが、しかし絶対に人間たり得ない。そんな印象を受けた。そして現在、目の前にした遺体を見ても同じ感想を受ける。
実感した。
これは完全に遺体、死んだ体だ。
と言うことは、ここで起きた騒動は正真正銘、連続殺人事件だ。
マジか・・・・・・


そこで背後から出が伸びてきた。鷹梨だった。鷹梨の手が僕の手から毛布をひったくり元の位置に戻した。

「鷹見君、何してるの一体!」


振り返れば、半分怒りの色を帯びた鷹梨の目があった。
僕は、悪いと呟いて、プレハブ小屋を後にした。
小屋の外の雪は緩やかながら、未だに止むことを知らなかった。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔