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凍てつく虚空

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ドアの開く音ではなく、他の何かだったのか。あるいは犯人が仕掛けたトリックの何か残骸なのか。
じゃあ犯人はどんなトリックを使ったのか。
人間が行った犯罪である以上、なにか原因があるはずだ。何かしらのトリックが使われたに違いない。
では、それはなんなのか?

分からない。
思考が拡散し始めている。
可能性を考え始めれば、とたんに思考の濃度は小さく、薄くなっていく。
だめだそれでは。
もっと焦点を絞るんだ。
そう、何について考えるか、それを考えるんだ。
いつかあの教授にも言われたろ。


―――研究で何が一番難しいと思う?

―――実験ですか?

―――違う

―――では論文を作成することですか?

―――違う

―――では何ですか

―――『問題を見つけること』だ

―――問題を?

―――そうだ、研究でだな、もっも難しいのは『まず何が問題なのか』を知ることだ

―――はぁ・・・

―――それが分かれば問題の半分は解決したことになる。ガッハッハ!


あの毒にも薬にもならない教授に教えてもらった、数少ない格言だ。問題は、まず何が問題なのかを知ること。
それさえ分かれば、あとは坂道を惰性で下るがごとく、簡単に解決できる。
そうだ。まずは、何について考えるかだ。


そう、何について
何に
何に
何に


深遠なる全く光という光が存在しない闇の中で、砂浜に混じったたった一粒の砂を探すがごとく
それは途方もなく無限に続く無意味な、そして無慈悲な行動に思えた。
一握の砂を眼前に持ってきて、一粒一粒吟味し、そして違うとわかれば、また次の一握の砂を探し始める。
それの繰り返し。
延々とした繰り返し。可能性を可能な限り列挙していき、そしてそれを一つ一つ潰していく。
ふと気がつけば気が狂いそうな、そんな長い果て無き時間。
そんな時間が少しずつ積み重なっていく。


脳内で問題の深化と統合と補充が行われていた、そうちょうどのその時だった。







*   *   *





―――ぐぁぁぁ!


動物の遠吠えのような声だった。
すぐに僕は身を起こした。そこで初めて自分が寝ていたことに気付いた。目ボケ眼でまだぼやける視界を正しながら、辺りを見渡す。
誰かの悲鳴だ。すぐにそれは分かった。
まわりを確認する
真っ暗だ。何も見えない。暖炉の炎すら消えている。
今の声は何だ。
なんだ今の声は、そして誰の声だ。

声の発生源は2階だ。おぼつかない足取りで階段を登りきる。そこにはまだ誰もいない。しかしさっきの僕と同じように今の悲鳴を聞いて、ほかのメンバーは混乱しているようだ。

「何今の声!?」

「なになに?」

「ちょっとどうなってんの!」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  貴  |  鶴  |     |  鷹  |  新  |  猪  |    |
     |     |  霧  |     |     |  井  |    |
  中  |  井  |     |  梨  |  馬  |  田  |    |
     |     |     |     |     |     |    |
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――||
                                     ||
              廊下                     ||
                                     || 
――――――――――――――――――――――     ――――――――――|| 
  浦  |  不  |  田  |  知  |  階  |  真  |    |
     |  二  |     |     |     |     |    |
  澤  |  見  |  子  |  尻  |     |  壁  |    |
     |     |     |     |  段  |     |    |
――――――――――――――――――――――     ――――――――――




2階の廊下の左右の部屋からは罵声とも取れる声がひっきりなしに飛んでくる。
ふと気づいた。階段を登って右側、階段の反対側の部屋のドアだけが半開きになっている。
そしてその部屋からは、何ひとつ声が漏れてこない。
まさか・・・
ドアを張り倒すように押しのけ、部屋に入っていく。
猪井田姫世さんの部屋だ。失礼を承知で中に突入する。


そこで愕然とした。
部屋の真ん中で蹲って横たわっている1人の女性。紛れもなく猪井田姫世だ。そしてその周りには、彩り鮮やかな血液が大きなシミを作っていた。
こうやって見ている間も、そのシミはどんどん大きくなっていく。


後から部屋に入ってくる彼女たちもそれに気付いた。
僕は急いで猪井田さんを抱きかかえる。
彼女の顔色は見て分かるように青ざめていた。
どてっぱらの少し上の部分にはサバイバルナイフが深々と食い込んでいた。
見る見るうちに赤く生暖かい液体は流れ出している。
床のカーペットに流れている血液がおよそ8リットル、衣服や今現在流れている血液をざっと見積もっても2〜3リットル。
猪井田さんは普通の一般女性に比べて多少大柄な体格だ。しかし体重は50kgがせいぜいだろう。
人間はその体重の3分の1の血液を失うと絶命に至るという。
現在流れている血液量は11〜12リットル。ほぼ絶望的だ。今出血が止まったとしても、輸血道具も施設もない。
完全に死んでしまう。
今、僕が手で抱えているこの猪井田姫世と言う女性は遅かれ早かれ死んでしまう。
どうすれば良いんだ。死んでほしくはない。でも僕にどうすれば・・・


「猪井田さん!!」

貴中怜だった。
貴中が猪井田にとびか突こうとしている。

「やめろ!」

一喝でその行動をキャンセルさせる。貴中はその言葉で動きを止める。

「見て分からないのか。失血多量で重体状態なんだ。簡単に触ろうとするな!」

しかしそう言った自分でさえ、ここからどうしたら良いのかわからない。このまま放っておいて傷が塞がるわけでも、状態が回復するわけでもない。
ただ死ぬのが早くなるか遅くなるのか違いでしかなかった。

悔しかった。いやそれ以上に歯がゆかった。
目のまで死のうとしている人がいるのに、じゃあ自分に何ができるか・・・
何もできない。ただただ衰弱していくのを見届けるしかない。

無力感でいっぱいだ。僕は今までミステリというミステリ、推理小説という推理小説を読破してきたつもりだ。
それで主人公や名探偵を自分と重ね合わせてきた。幾ばくかの優越感もあった。そして根拠のない「事件が起こっても大丈夫だ」と言う自信もあった。
だがどうだ。実際には学的知識もない、冷静さもない、こう切羽詰った場面で何一つできやしない。
僕は今まで何をしてきたんだ。


そう自己嫌悪のに浸っていた時だった。
腕の中の猪井田姫世が口をパクパクし始めた。

「・・・・・・」

何かを喋べろうとしている。
耳を猪井田の口に近づけて耳を潜める


―――あお
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔