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凍てつく虚空

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「うん。誰ひとりキッチンから出てない」

「いや、これは正確に聴いてるんだ。途中でトイレとか、あるいはほかの要件とか、とにかくほんの一瞬、ほんの数秒でも部屋の外に出た人は誰だい?」

「だから、だから誰も・・・」

「誰も?」

「えぇ。誰も」

「本当に誰も?」

「一切誰も。誰ひとりキッチンから出ませんでした。私が証明する」

一気に鷹見の眉間に皺が寄った。
しばらく黙りこくっていたが、すぐに口を開いた。

「それはそれは。うむ。ところでこの部屋は閂が壊れていないね。どうやって中に入ったんだい?」

「この部屋には最初から鍵が掛かっていなかったんです」

「最初から?」

「えぇ、最初から」

「本当に最初から?」

「本当に。最初からドアが半開きになっていました」

鷹見君は腕組みしながら固まってしまった。
確かにそうであった。最初の事件の鶴井舞の部屋は鍵と閂のダブルで部屋が閉じられていた。
しかし今回はどうだろう。浦澤瞳の部屋の場合は全く部屋に鍵の類が掛かっていなかった。
でも、これに何か意味があったのだろうか。それは分からない。

「ちなみに、この部屋に最初に入ったのは誰?」

「猪井田さんです。ただドアが半開きになっているのを最初に発見したのは理緒、新馬理緒です」

「浦澤さんを下ろしたのは?」

「さぁ、はっきりとは。みんなで協力して下ろしたんだと思いますよ」

「ふぅん。あの、少々聞きにくいんだけど、その・・・浦澤さんたちは今何処に」

「玄関の外の物置小屋です。玄関をでるとすぐ左側にプレハブ小屋があるんですけど、そこで毛布にくるんで安置してあります」

「ふぅん成程ね。では最後に一つだけ。事件に関係あるない関係ありません、何か気になったこと気づいたことはありませんか」

「ああ、そうそう。あれ理緒だったけ・・・瞳さんの部屋に駆けつけたときだったかな、『後ろの方でドアが開く音がした』ってぼそっと言ってたね」

「部屋に駆けつけた時というのは、浦澤さんの遺体を発見したとき、という事ですか」

「そうそう、その。てっきり気のせいかと思ったんだけどね。これって何かの参考になるの?」

「さぁ。今の所はなんとも」


*  *  *




真っ暗闇だった。
おっと、正確にいえば正面の暖炉に僅かな種火が残っている。全くの暗闇ってわけじゃない。
ロビーの中央に置かれた反発の少ないフワフワの椅子。時間とともに揺れ動く炎を眺めながら口にするコーヒーはやはりうまい。
時に大きくなり、そう思ったらすぐに小さくなる。その気まぐれで誰も予想できない炎に翻弄されるのがたまらない。
劇団の皆さんはもう寝たらだろうか。
寝てしまえばこの暖炉の熱もいらないだろうが、そうしてしまうと今度は自分が凍えてしまう。それは勘弁だ。
鷹梨もさっきまで起きていたが、流石に疲れて寝ただろう。悪いことをした。
この山荘で、なんとも奇妙な事件が起こったそうだ。それも殺人事件だそうだ。
日頃、ミステリ小説しか読まないミステリ馬鹿な俺にとっては、なんとも垂涎なシチュエーションである。






ただ大学に移動して
興味関心ゼロの講義を聞いて、
時折同じ学科の同級生と笑顔で相槌をうって、
週に一回くらい研究室で、卒論はできたかと言葉を覚えたてのインコのような教授様に媚を売る。
良くいえば平和、しかし悪く言えば平凡・退屈な日常に飽き飽きしていた。
正直反吐が出る。この大学生活の四年間プラス数年を溝に捨てた、そう思えてきた。四年間必死で貯めたバイト代を一瞬で溝に捨てたのと同じくらいの後悔に苛まれた。
何か面白いことをしたい。
変わったことをしたい。
普通の世界から抜け出したい。
まるで中学生かとも思える反逆心が芽生えたのはもう何年も前。
恐らく物心つく前から始まっていた。
おかげで二年間留年もした。
同級生はとっくに卒業し、後輩も就職し、名前も碌に覚えていないガキどもと机を並べてお勉強する毎日だ。
二年間で学んだことは「何処も同じ」と言う抗えない現実だった。
例え都市部に行こうとも、山間の山間の村に行こうとも、文明の発達していない海外の僻地でも、全てを手にできる地上数百メートルの世界でも、
あるのはルーティンな毎日だった。
魔物も出てこなくては、隕石も落下してこない。原因不明のウィルスに悩まされることはない。
甘口のカレーを延々食わされるもんだ。
しかもその甘口のカレーを食べ続けなくては、将来飯も食っていけないと言う理不尽な日常。
それを受け止めるのに、二年というこれまた無駄に長い時間を要した。
そんな苦痛な日々を何とか気を紛らわせるのに使うのが、ミステリ小説だ。
これを読んでいるその瞬間だけは、自分は異世界の主人公になることができた。
何か非日常を体験でき、英雄にでも、悲劇のヒーローににでもなることができる。
そう一握の快楽を得ることができる。
しかし所詮は小説。読み終われば元の世界に戻ってしまうし、その時の落胆たるや両手両足が錆びた鉛と化すようだった。
ミステリ小説を読めば読むひど、名作に出逢えば出会うほど、夢が覚めたときの落差が激しくそれがそのまま苦痛に継っていった。
だから僕は酔うように、それこそ薬物中毒者のようにミステリ小説を貪った。
そう、そんな僕が今まで生きてきた中で特別な場面が存在した。
それが鷹梨との例の『思い出話』であった。
小学校で起きた探偵ごっこのあれだ。
夏先の教室で起きた財布の紛失事件。その被害者になった鷹梨愛。
濡れ衣を着せられて困っていた鷹梨愛を小学生ながら見事な推理でその窮地を救った英雄、
恐らくおいつはそんな感じで僕のことを捉えているんだろう。

悪いがそれはとんだお門違いだ。
自分はただ何の気無しに取り掛かった事件だ。いや、事件と銘打つことすらおこがましいかもしれない。
そのくらい些細な事件だ。
それを自分は首を突っ込んだ。ただ暇潰しで読んでいたミステリ雑誌に出てきたネタと同じネタを使ってきたので、それをしっぺ返ししてあげただけだ。
もしかしたらあれを行なった、えぇっと、あの時の名前はなんだっけ・・・・・・、覚えてないな。
まぁ良いや。あいつももしかしたら直前に同じミステリ雑誌を読んでいただけなのかもしれないな。

とにかく、あれは運が良かった。
たまたまネタが分かっていたから良いものの、それが外れていたら良いピエロだった。
鷹梨が濡れ衣を着せられたように、僕も誰かに濡れ衣を着せるところだったのかもしれない。
それこそ大事になるかもしれなかった。
しかし、当時の僕がそこまで深く考えていたかというと、全くなかった。
ただただ憧れていた、日常を超越した非日常、平凡を塗りつぶす異常。
そんな世界にただただバカみたいにはしゃいでいた。
そうだ馬鹿だったんだ。
普段目にかけることがないおもちゃを手にして、喜ぶ乳幼児だ。
自分のやっていることがどれだけ愚かで低俗か、それを判断することもできない低能だった。
もう、あんな自虐的な行為は行いたくない。これは心からの願いだった。




でも
そう、でも・・・・・・


あのとき感じた実に甘美な、えも言えぬ快感を感じたこともまた事実だった。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔