凍てつく虚空
「そこがまさに心理トリックさ。当初、私たちはこの部屋に鍵と閂の両方が掛かっていた、そう思っていた。でも実際は違う。ではどういう事か。この部屋は事件当日は閂だけで鍵は掛かっていなかった。ある人物が『鍵も掛かっているように見せかけた』だけ。
ではその人物は誰か」
新馬の言葉が不意に途切れる。一応の答えを求められているのだろう、鷹見はさぁ、と肩をすぼめて取り敢えずの答えを示す。
「『真壁』さんさ」
鷹見の背後で、ひゃっ、と言う声が聞こえた。鷹見はそれを無視した。
「真壁さんというのは、真壁冬香さんですよね。あの、この劇団の創始者の一人とかいう。彼女がこの密室を作り出した真犯人だと?」
「まあ、そういう事になるね。私は考えたよ。『そもそもこの部屋は鍵が掛かっていたのか』。私はそこから考えた。事件のあった日、私たちは、最初この部屋に鍵が掛かっていたと思い真壁さんが一階に鍵束を取りに行く。
そして鍵を解除してドアを開けようとしたら、さらにドアを開けることができずに閂が掛かっていることに気づいた。ここで重要なのは、『鍵束で鍵を開けたとき、本当に鍵は開けたのか』という事。
ドアが空かなくても、それは鍵で空かないのか、閂で空かないのか、それとも両方で空かないのか、それは区別できない。
真壁さんが取りに行った鍵束で鍵を開けたように見えたかもしれないけど、実はあれはフェイク、鍵を捻っているようで捻ってない、鍵を開けてるようで開けてないんだ。
一見すると鍵束で鍵を開けたように見せて、実は鍵を鍵穴に差し込んでただ引っこ抜いただけ。皆はそれを見て『たった今、鍵束で鍵が解除された。今まで鍵が掛かっていた』と錯覚した。こう考えれば、この部屋が密室だってことも説明がつく」
「ふふん、なるほど。真壁さんは強力磁石で部屋内の拳銃を操って閂を閉め、鍵束を使ってさも鍵がかかっている演技をして、この部屋は閂と鍵の両方が掛かっていると錯覚させた、とそういう事ですね」
「そう、そうさ。逆にそう考えなければこの二重密室は解決できないよ。私は真壁さんが犯人だと思っている」
「・・・確かに新馬さんの推理なら、とりあえずの解決策は見いだせます」
「とりあえずって何?」
「気分を害さないでください。問題はその先です。真壁さんがもし犯人ならその次、田子さんの犯行はどうやって可能にしたんですか」
「それも解けてる。2つ目の事件は食事の席の殺人。田子さんは食事中、急に苦しみだして息絶えた。後に犯行声明文が発見されたが、そもそも田子さんをピンポイントで狙うことは不可能だとされていた。
だって、誰がどこに座るかわからない。箸や食器に毒を仕込もうとも、そこに当の田子さんが座るかどうかはわからない。かと言って全員分に毒を仕込めば、関係ない他のメンバーや自分までもが巻き込まれる。それは避けたい。
ではどうするか。真壁さんは『自分の箸の反対側に毒を仕込んだ』んだ」
「箸の反対側ですか?」
「そう。自分の箸で食事を取る方著は逆の、太くなっている方、そこに毒を仕込んだ。自分が食事するときは普通に使う。でも誰かが食事をよそってくれと言われた時にはどうする?、そう逆箸にする。
逆さ橋にしたとき、よそった相手に毒が回るようにすれば良い。田子さんに「目の前の食べ物をよそってくれ」と言われたら逆さ箸にして田子さんに毒がまわるように仕向けた。そうすれば自分や他のメンバーは無事で田子さんだけ殺害できる。
これなら、田子さんがどこに座ろうが実行できる。どう?」
「・・・・・・なるほど。それなら特定の食事に毒をもるわけでもなく、食器に毒をもるわけでもなく、犯人自身も自分の生命の危険性のことを考えなくても犯行を行使できる。確かに名案です」
「でしょ。ほらね!」
「では浦澤さんの事件は?」
ここで新馬理緒の表情が一気に暗くなった
「そう、そこなんだよ。浦澤さんの事件に関しては、やっぱり難しいね。だって誰もキッチンから出てないからね。二階に留まっていた浦澤さんを殺害できた人物は確かにいない。でも、遠隔操作か何かで真壁さんがやったと思うんだ。
闇雲に誰が犯人でどんなトリックを使ったか、を探すより最初に犯人を到底してそこからどんなトリックなら可能か、を考えたほうが効率が良いと思わない?」
「確かに。問題を解決するとき、そもそも何が問題か、を見つけるのが最も大変だと言いますからね。犯人が特定さえできれば、あとは時間の問題と、そういう事ですね」
「あぁ、そういう事だね」
新馬は満足そうに手を広げてみせた。
「分かりました。では次の現場に移動しましょうか」
* * *
鷹見と鷹梨は二階のキッチンに移動していた。
新馬理緒の姿はもうなかった。鷹見の見張りと言うか、ただ単に自分の推理を聞いて欲しかったのだろうか。
鷹見がキッチンのドアを開ける。ロビーからの漏れた光でおおよその中の状態は分かった。
倒れたままの一脚の椅子。凹んだ床。フローリングの溝にある取れない黒いあと。キッチンの流し台ではろくに後始末されていない残飯。
全てがあの時のままだった。
正直一分一秒でもこの場にいたくなかった。
それでも彼はその場に悠々と鎮座している。
その場の空気から過去何があったか感知しようとしているかのようだった。
しかしそんなこと人間が出来るはずも無く、鷹見君はこちらを見ないでキッチンをやはりグルグル回り始めた
「状況は?」
「ほとんど事件が起こったままです」
「どんな感じだったの?」
「事件が起こったのは、山荘に到着してから二日目、鶴井さんの事件があった翌日、つまり今日未明です。山荘にあった非常食や缶詰で食事を用意しました。
みんなが各々好きな席に座って食事を始めたら、急に田子さんが苦しみ出して床に倒れました。口から血を吐きながら苦しんで倒れました」
「席順は?」
「先程も言ったように、各々好きな場所です。主に仲が良いメンバー同士で隣同士に座ってたみたいだけど」
「このキッチンに来た順番は?」
「さぁ。私が最後だったから分からない」
「じゃあ、実際の座った人間の席順は?」
「うんと・・・、」
私はあの時の席を必死で脳内で再生させた。
確か・・・
新 浦
馬 澤
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鷹梨 | |田子
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← | |
ロ | テーブル |
ビ | (見た目は四角形ですが |