凍てつく虚空
でも鶴井さんだけ部屋から出てこなかったんです」
「そうですか。なるほど、話が見えてきました。部屋から出てこない鶴井さんを心配し、あなたがたで部屋のドアを開けようとした・・・」
「はい。ただ鍵が掛かっていたので開きませんでした」
鷹見はドアの鍵のツマミを捻りながら話を聞いている
「この鍵はひしゃげていませんね。閂はこんなに曲がっているのに?」
「最初、鍵がかかっているのだろうと思って、鍵を開けました。あぁ、鍵は先程のロビーの脇にあるキッチンの壁に掛かっています」
「分かりました。ではその鍵を調べるのはまぁ後回しにして、では続きを。ええっと、鍵を開けたところからでしたね」
「鍵を開けたのは良いんですが、それでもドアが空かないんです。そこで閂が締めてあるんじゃないかって・・・」
「言ったのは?」
「はい?」
「言ったのは誰ですか、と聞いたんです」
「何をですか?」
「『閂が締めてあるんじゃないか』と言った人ですよ」
私はしばし逡巡した。ゆっくりとあの時の記憶を紐解く。あれは確か・・・
「確か、霧さんです」
「・・・霧さん。あぁあの小さい御方ですね、ふむふむ」
再び視線を明後日の方向に向ける。何か考え事しているのであろうか。しかし掌を上に向けておいでおいでをしている。
続きを話せと言う意味だろう。私はそれに従った。
「その閂に関しては外から開ける手段が無かったので、しょうがなく突き破りました。その時のメンバーは猪井田さん、真壁さん、浦澤さん、知尻さん、貴中さんの
5人です。何回も体当たりをしてやっとの思いでドアをこじ開けたら・・・・・・、そしたら」
思い出してしまう。あの時の記憶が。
光景が
寒気が
臭いが
全てが今ここで行われているかのように、想像のレベルを超えて脳裏に蘇ってくる。
喉の奥が焼け付く。胃酸がそこまで逆流してきそうだ。
「鶴井さんは、部屋の真ん中で息絶えていたと。どんな状況だったんですか?」
「・・・頭を、う、ちぬかれて・・・」
「拳銃ですか?」
「・・・はい」
「そうですか。ちなみに撃たれていた場所は?」
「額です」
「拳銃は何処に?」
「今は玄関の外の物置小屋に、鶴井さんたちと一緒に」
「違います。部屋の中には何処にありましたか、と聞いているんです」
「・・・覚えていません」
「ではその鶴井さんに最初に触れたのは?」
「確か、浦澤さんです。あの人が鶴井さんを抱きかかえました」
「他には?」
「ううんと・・・誰も鶴井さんに触れてないと思います。やっぱり相当悲惨な状況だったので」
「お察しします。ところでその浦澤さんという方は医学部かなにかを卒業されてますか?」
「はい?」
「あるいは獣医学でも良いのですが。ある程度生物の生死に関わる学問を履修されたのかなと思いまして」
「いえ、浦澤さんはそんなことは・・・」
「無いと?」
「えぇ」
「ではその浦澤と言う人は、人間の死は「心肺停止・自発的呼吸の停止・瞳孔拡大」の3つを持って定義されますが、
その三大要素をもって確実に人間の生死を確認した、と言うわけではないと言うことですね?」
「・・・まぁそうですね」
「では鶴井さんは生きていか可能性もある、と言うわけですね」
「それは無いと思いますよ。確かにその3つの定義をちゃんと確認できたわけではないですが、でも額から大量の血液が流れ出ていたんですよ。
流石にあれで生きているとは思えませんよ」
「人間が生存するのに失っても良い血液量はおよそ2000mlだと言われています。逆を言えばそれほど血液を失わないと死ぬことができないと言われています。
それだけの失血量を確認しましたか?」
「2000mlですか?」
「えぇ。500mlのペットボトル4本分です」
「確認してません」
「では、もしかしたらギリギリ失血過多を免れていたかもしれないってことですね」
「・・・・・・」
「冗談です。この絨毯の出血量でそれ以上の失血があったことは容易にわかります。それに脳に銃弾を受ければ失血死云々の前に死んでしまいます。
確認ですが、この部屋の窓は全て?」
「はい、確認しましたが全て締まっていました」
「絶対に?」
「絶対に」
彼はふうんとつぶやくとまだ黙ってしまった。
今度は彼は部屋の中央から窓に移動した。
窓のとってに手をかけて回す。外からごうっと勢いよく寒風が吹いてくる。
しかしそんなことはどこ吹く風、彼は開いた40〜50cmほどの窓から頭を出してみる。
見ているこっちが寒くないのだろうかと思ってしまう。しかし彼は何も反応を示さない。ただ窓のさんや取っ手、外の様子を熱心に見ていた。
思わず私も横から邪魔にならない程度に眺める。
「何見てるの?」
「ん、犯人の逃走経路・・・」
気だるく答えた。取り敢えず聞かれたから答えた返答だった。
「ってことは犯人は窓から?」
「分からん。だから調べている。例えばドアが完全に閉まっていたなら、ドアを犯人が出入りできなかったならどこを通るか。残された経路はこの窓だ。この窓を使って犯人が外に逃げたという可能性も無視できない。ただ、難しいな。
窓の外はこのとおり吹雪だ。今でこそ弱まっているが、事件のあった昨日はもっと風や雪が強かったはずだ。そんな中で逃げようと思っても危険極まりない。ロープを使って一階に降りたとしても果たしてこの雪だ、まず満足に動けない。
仮に動けたとしても、部屋に戻ることはできない。玄関を通りロビィの前を通れば君たちに見られる」
「じゃあ、ここから自分の部屋にロープを張れば? そのロープを辿って自分の部屋に戻れば、私たちに見られる必要もないし、ドアに鍵をかけて外部に逃げられる」
「さっきも言ったように、外部はこの通りの大吹雪だ。この中をレスキュー隊よろしくロープを伝って部屋に戻るってかい?」
「うん」
「・・・まぁ可能性なら無いわけでもないが。でも君たちは一般人だぞ。そんな特殊な訓練もしてないんだろ。そんな人間がこんな激しく危険極まりない行為に出るとは思えないが、まぁ無いわけでもない」
すると鷹見は、ふぅんと残すとしばらくゆっくりと歩き始める。部屋の中を二周ほどする。
「ね、鷹見くん」
「はい、なんですか」
彼はこちらを向かない。どうせ大したことではないだろうと思っているのだろうか。
「・・・私が犯人なのかな?」
ワンテンポ遅れて、彼の首がこちらを向く。今の発言の意図がつかめないようだ。
「私が犯人かもしれないんだ」
「・・・何言ってるんだ?」
そうだろう。いきないこの言葉を聞いたらみんなこんな反応をするだろう。
私は部屋で沸き立った『自分犯人説』を話した。
最近、ぼうっとすることが多い、体調不良で意識が時折混乱することがある。そんな時に自分でも知らない感情がこみ上げてきて、無意識に拳銃を購入し、無意識ににトリカブトなどを購入し毒を抽出していたのかもしれない、と言った内容を話した。
彼は2〜3秒こちらを見たが、すぐに自分の作業に戻った。
「・・・・・・ねぇ、やっぱり私が皆を殺したのかな」
「ないね」
一蹴だった。