凍てつく虚空
「あんたが?!」
「相手は誰!」
矢継ぎ早の質問に、私は少し浮かれ気分だった。
まぁまぁとてで彼女らを静止する
「別に彼氏って訳じゃないよ、でも仲良くしてる人がいてさ、一緒に遊園地行こうって言われてるんだ」
「誰々? 何組?」
「この学校の人じゃないよ」
「じゃあ中学生?」
「でもない」
「まさか・・・」
「そう、高校生」
三人が声にならない悲鳴を上げた。
「ど・・・・・・、どこの高校生?」
「えっと、確か智英高校の一年生だって言ってた」
「智英高校って、あの智英?」
「うん、だと思うよ」
「エリ―――ト!。だってあの名門智英高校でしょ。どこで知り合ったのよ」
「この前、駅前でね。生徒手帳落として困ってたから、一緒にさがしたの。そこから」
それを聞いてユキちゃんとモエちゃんは身を捻って悶えてたし、ケイちゃんは、信じられないと言わんばかりにこっちを見つめている。
「いつ? 何月何日何時何分?」
これはモエちゃんだ
「場所は!?」
今度はユキちゃんだ
二人とも目が明らかに血走っている。
「え、つい二週間前くらいだよ。場所は駅南口から出て100mくらいの場所。生徒手帳を落としたから一緒に探してくれって」
二人はくやし〜〜〜いと言いながら、ハンカチを噛み締めていた。どれだけ古いリアクションだよと思いながら見ていた。
すると横から今まで静かだったケイちゃんが話した。
「名前は?」
「うん?」
「名前よ、相手の名前」
「神保涼太君って言うんだ。なんでもバスケ部に所属しているんだって。レギュラーではないみたいだけど」
「・・・そう」
ケイちゃんはそう返すと、静かに椅子に座り直した。
その後、モエちゃんとユキちゃんからは質問攻撃が続いた。それに応えることは少しも苦じゃなかった。それこそ快感に近かった。
しかしケイちゃんからは、質問が飛んでくることはなかった。
その日の6時間目が終わったあとだった。
いつものように帰りの会が始まると思っていた。でも担任の広尾先生はいつもの調子で始めなかった。
いつもはおどけてふやけきた表情が、いつになく険しかった。
教卓につくと、一息ついて徐にこう言った。
「残念なお知らせがある。この中に犯罪者がいる」
聞きなれない言葉だった。
犯罪者なんて、12年生きてくる中でなかなか生身でお目にかかれない言葉だった。
しかし担任の広尾先生は続ける。
「このクラスの小林の財布なんだが、先ほど6時間目の授業が終わったあと、何処にもないとのことだ。6時間目の前の休み時間には確認したがその時はあったそうだ。しかし6時間目が終わったあと、教室に来て確認したらさっきまであった財布がないそうだ。
財布は勝手に移動したりしない。となると、今回なくなった財布は誰かがとったりしない限り無くならない、つまりはだれかが取ったことになる」
「先生待ってください」
学級委員の長岡だった。背は低いが柔道をやっているせいか体格はがっちりしている生徒だった。
「なんだ長岡」
「財布がなくなったのが、なぜ僕たちの責任なんですか? 小林さんがどこかほかの場所にしまったのを忘れている場合もあります。あるいはほかのクラスの人かもしれません」
「確かにな。普通ならそうだ。しかしな今回はそうではないんだ。我々の2組は先ほど音楽で音楽室に移動したが、隣の1組は体育、3組は給食当番をサボったものがいたので指導中だった。
3組担任はあの山崎先生なんでな、ついさっきの時間まで説教中で誰も教室から出ることはなかった。
つまりだ、今の6時間目にこの2組教室に入ることができた児童はほかにいなかったんだ。となると小林の財布を盗むことができたのは、やはり2組の誰かなんだ」
「しかし、音楽の授業の前、教室を最後に出たのは僕です。それを証明してくれるのは副委員長の福田さんがいます。だよね、福田さん?」
「はい、長岡くんと一緒に2組の皆を教室からだし、誰もいなくなってから長岡クンと音楽室に向かいました」
「いやいや、別に君たちを疑っているわけではない。それに教室を出る時に本当に全員を追い出したかい?」
「はい?」
「確かに学級委員には次の授業が移動教室の時、教室にいる皆を追い出していけ、そういうふうに先生は指示した。しかし例外があったよな?」
「係の仕事をしているものはしょうがない、ですか・・・?」
「どうだ、あの時、係の仕事をしている児童は誰もいなかったか?」
「・・・・・・それは」
長岡くんの細い目がこちらにむく。
意味はわかった。
「その時、前の時間、つまり5時間目の算数の時間の後の係のものが教室に残っていなかったかと、先生は来ているんだ」
もう一度長岡くんがこちらを横目で眺めてくる。
私はしょうがなく、微かに頷く。
「今回の盗難事件はな、実はちょいと面倒でな。被害にあった小林はご両親の都合で夜帰った時に一人だそうだ。そして小林自身が夕食の準備もしていたそうだ。
当然夕食の材料の買い出しも当然、小林が行っていたんだが、そういう時はいつも小林は財布をランドセルの人に見つからない場所に隠していたそうだ。そうだな小林?」
小林さんは黙って頷く
「つまりだ。今回の小林はいつもどおり夕食の買い出しを頼まれていた。帰り道にスーパーに立ち寄り買い出しをする予定だった。まぁ、本来なら学校に必要ないお金は持ってこない約束だが、家庭の事情が事情だからしょうがない。
問題はそこじゃない。
小林は夕食の買い出し用にいつもより多めに財布にお金を入れていた。その時はカバンの奥底、あるいは普通に見てはわからない場所に財布をしまっていた。教科書のあいだであったり、ランドセルの床板のしたであったり。
毎回その場所を変えていたそうだ。万が一にも誰かに取られたりすることがないためにだ。
しかしだ、今回はそんな用心深くしまっていた財布が何者かによって取られてしまったのだ。これは普通の物取りじゃないな。
『ランドセルのどこに隠してあるか分からない財布をさがす時間が必要になる』
ランドセル自体はそれほど大きいものでないから、ある程度時間をかければ探すことができる。では犯人はいつそれを行ったか?
鷹梨ならわかるよな?」
急に私の名を呼ばれたから、心臓が跳ね上がった。
全身から脂汗が流れてくるのが分かった。
何を言ってるのだろう。
そんなことを理解する暇はなかった。
これは、明らかに私が犯人だと思って聞いている。
「・・・・・・、私、ですか・・・?」
意味がわからない
なぜ私なのか。
私が今回の財布盗難事件と何の関係があるのか
「すいません。私にはわかりません」
「そんなことはないだろう。お前は何係だ?」
「こ、黒板消し係です」
「5時間目の授業は?」
「算数でした」
「黒板に書かれている文字の量は多かったかな少なかったかな?」
「ええと・・・」
「多かったな。私の授業だったからな。よく覚えている。今回の授業では黒板をたくさん使ったから、消すのも時間がかかっただろう?」
「・・・・・・」
私は答えられなかった。