凍てつく虚空
猛吹雪で視界は悪いが、玄関のすぐ脇に小型のプレハブ小屋らしき建物があった。屋根に深々と雪が積もってはいるが潰れないのであろうかと心配した。
今度はと、目の前の山荘の入口に視線を移す。
古代の城壁を思わせるほど堅固な木製の扉を前に、思わず息をのんだ。
ドアの横にドアベルにやっとの思いで手の伸ばす。
ボタンを押してみる。
何の反応もなかった。
念のためもう一回押してみる。
しかしやはり反応はなかった。
今度は長押ししてみる。
しかし扉の向こうからチャイム音がするだけで、中から誰かが出てきそうな気配はまるでしない。
「留守。か・・・」
考えてみればその通りである。
ここに山荘を構えているということは、十中八九避暑地として建てられたものだろう。
避暑地とは文字通り、夏の暑さを逃れるためにあるのであって、逆に寒い真冬には無用の長物である。
こんな積雪激しいこの時期に、こんな山奥にくる狂人なんていないだろう。
見れば窓ガラスに明かりはともってはいない。
誰もいないのは一目瞭然である。
「さて、どうしたものか」
私が腕組みして考えていると、後ろから真壁だ。
「鍵が開いてるれば中で休むこともできるんだけどね」
そう言いながら面白半分でドアノブを捻ってみた。
するとどうだろう。
酷く錆びついた音をたてながらも、そのドアはゆっくりとこちらに向かって動き開いたのだった。
一番驚いたのは冬香であろう。
「嘘、開いた」
知尻は開いたドアから、顔を半分出して覗き込んだ。
当然のごとく真っ暗闇で、数m先も見えない。
カビ臭い匂いが強烈に鼻孔を擽りながらも、しかし眼を凝らしてみる。
「どうする?」
「どうするって言われたって」
3人は互いに顔を見合った。
しかし不慣れな土地で道を失って、やっとの思いで見つけた溺れた時の藁。
ここで無人だから帰ろう、と言う訳にもいかない。
心の中で、申し訳ありませんと謝りながら中に入って行った。
灯のスイッチを入れる。
その瞬間、部屋の中は瞬く間に明るさを取り戻していった。
見渡す限りのリビング
見上げるほどの天井
綺麗に整っているテーブルなどの調度品。
おまけに洋風の暖炉まであると来たものだ。
これだけでも、この所有者はかなりの財力を有するものだと推測できる。
「こりゃ、本当にすごいですね」
バックを担ぎながら皆は各々呟く。恐らく心からの感想だ。
そうであろう。
まさか、迷い込んだ雪夜の森にこんな豪奢な山荘があるとはつゆも思わない。
外から見ただけでは暗くて分からなかったが、階段が目の前に見える。恐らく二階が存在するのであろう。
私はは玄関を入ってすぐのスペース、『ロビィ』とでも言うのであろうか、ロビィをぐるりと右回りに一周見回した。
まず部屋の中央には古代の大木から削り取られたのではないかと思われるくらい、堂々と年季の入ったテーブル。
そしてその周りを囲むように弾力のあるソファがきちんと並んでいる。
更に、その奥に見えるのは暖炉だ。
映画のワンシーンに見ることができるようなものだ。
ご丁寧に、そのそばには真新しい薪が数セット用意されている。
暖炉から5〜6m横には隣の部屋に続くドアがある。
この先に、また違う部屋があるのであろう。
さてそのドアのまた横には、今度は奥へと続く通路が用意されていた。幸い暗くて先に何があるのかは分からなかったが建物の形式上、トイレやお風呂などがあると踏んだ。
その暗い通路の右には先ほど言った階段である。階段と言っても梯子段や申し訳程度の螺旋階段などではない。
人一人が簡単に横になれるくらいの道幅を有した階段だ。
ローマ字のLの様に途中で90度左に折れて二階につながっている。
そして最後に物置だ。これは猪井田が最初に中に入って確認した。
この中は電源が裸電球一つという何ともシンプルな代物だったが、中は複雑だった。
と言うのも薪の予備や、荷造り用のロープ、買い置きの燃料、使わなくなった暖房器具などが乱雑に置かれていたのだから。
一目でここが物置であることを知り、ざっと見て回っても埃を被った地図を見つけた。
「ねぇ姫世」
冬香だった。
どうやら二階に上っていたらしく、階段から下りてきたところだった。
「電話あった?」
「私は見てないわね」
「おっかしいね。私もなんだよ。電話のひとつくらいあっても良さ気なのに。こんな立派な御屋敷なのに」
「上に無かったの?」
「部屋ばっかり。個室個室、個室ばっかり」
彼女はアヒル口にになってぶつくさ言っている。
けれどもその冬香の言うことも一理あった。
先ほどからこの山荘内を調べ回っているが、電話の一機も見当たらなかった。
念のため玄関のすぐ外のプレハブ小屋も見てみたが、木材や暖房器具がぎっしり積まれているだけで電話はおろか、無線機の類も見当たらなかった。
確かに夏しか使わない山荘ならそれでも良いかもしれないが、でもそれでも電話が全く無いではいざという時に困るはず。
―――おかしいな、この山荘―――
胸には何か不可解な感情が生まれた。
一旦、見つけた地図を白岡さんに渡して山荘散策は中断となった。
* * *
メンバー全員がソファに座り、これからの動向を話し合うことになった。
「猪井田君が見つけてくれたこの地図によるとだね」
白岡は色あせた地図を広げて、真ん中のテーブルに広げて見せた。
全員の額がその一点に集中する。
「ここ、ほらここさ。赤い丸でかこってあるだろ。たぶんこの山荘がこの丸ってことだと思うんだよ。」
確かにこれまた日の光に当りすぎて変色したのであろう、小豆色になったサインペン跡が残っている。
「えぇ! ここって全然予定の道と違うじゃないですか」
手厳しい言葉は浦澤だった。
「こりゃ、さっきの曲がり角どうこうの問題じゃないですね」
「ちゃんと地図見たんですか?」
「返す言葉もない。」
三十後半の男性が、二十代の女性に責められているところを見るのはどうも心地の良いものではない。
しかし今はそんな事を言っている場合でもなかった。
「でもどうします。このままここを出てもまた道に迷うことにもなりますよ」
確かにだった。今まで発言に参加してこなかった鶴井だったが、ここで鋭い指摘だ。
現在地が分かったところで、はたしてそのまま無事に帰れるのだろうか。それは誰の頭にもよぎったことだ。
「それにこの赤丸が本当にこの山荘の現在を指示しているとは限りません」
続いて貴中だった。
一瞬、メンバー内に陰鬱な空気が流れる。
どうしたものか。こういう時にリーダーの私が何か打開策を提案しなければならないのだが。
ふむ。
打開案が無いことも無いか。
しかしこれは少々酷な内容だ。
そう、そのときだった。
「白岡さんが一人で行けば良いんじゃないの」
これ浦澤だった。
ソファの背もたれに腰掛けて、皆を見下ろす形で浦澤瞳はそう言った。
「瞳、あんた何言ってんの?」
即座に呼びかけたのは彼女と同い年の不二見だ。
あの子の鋭い眼光は一層鋭角になり、浦澤をとらえている。