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凍てつく虚空

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そしてそれを知らず毒が仕込まれたおやつを口にする田子。その瞬間は何ともなくとも数時間後には体中に毒が回って、死に至る。これならキッチンの面倒くさいトリックは考えなくても良い。
犯人が犯行声明文を出したのもそのため。確かに犯行声明文なんか出して本人に怪しまれたら殺人を実行しにくくなることは確かだけど、すでに毒物が田子本人の口の中に入っているなら、関係ない。
どうだろ、これなら不可能毒殺も可能じゃないかな?」

「うん・・・、筋は通ってるね」

猪井田が頷いたところで、霧綾美がおずおずと口を開いた。

「でも私、藍那のくれたお菓子、たくさん食べましたよ。それに私があげたお菓子も食べてたし、もしかしたら私が死んでたかもしれないってことですか」

「じゃあ、私も少しもらった」

新馬理緒だった。
その言葉で、一瞬場が沈黙した。

「ふむ、そういうことも考えなくちゃなのか。確かに田子のお菓子の中に毒を仕込むことはできたかもしれない。でも果たしてそのお菓子を本当に田子本人が食べるかどうかは別問題ってことか。
事実、田子はいろんな人にお菓子を分け与えていたことだし、もし毒お菓子説を取るとなると田子本人はもとより、他の人間が死んでしまう可能性もあったということか。
犯人はそのことは流石に知っていたんだろうか?」

誰も答えない。それはそうだ、自分が犯人でなければそんなこと分からないし、そもそもここで明言をすれば、それは自分が犯人だと言ってしまうようなもんだからだ。

「ちっとも分からない」

「ちっとも分からないのは、最後の事件も一緒だ。第三の事件、浦澤瞳殺害事件。
ついさっきだ。私たちはキッチンに集まっていた。当時いたメンバー全員がそこにいた。具体的に愛永を挙げるとすると、私猪井田、真壁、知尻、不二見、霧、貴中、新馬、鷹梨、そして殺された浦澤。この9人。
それは間違いがない。では、このあとどうなったか。浦沢瞳が急に言い始めた。『犯人が分かった』と。そしてその犯人を言及するための準備が欲しいといって、独り二階の自分の部屋に戻っていった。
その間残った私たち8人はキッチンでずっと待ち続けていた。約束の時間になっても浦澤は戻ってこない。そこでみんなでキッチンを移動し、二階の浦澤の部屋に移動する。
ちなみにその間、キッチンで待っている間、誰ひとりとしてキッチンを抜けたものはいなかった。トイレなんかで出ていこうとした人間もいたが、結果としてキッチンを出る人間はいなかった。
そして二階の浦澤の部屋に行ったら、彼女は天井から首を吊って命絶えていた」

「これに関してはお手上げだよ。だって皆キッチンにいたんだもん」

知尻さんが肩をすぼめる。
私も声には出さないが、心の中で反駁する。確かにそうだ。
二階に行ったとき浦澤さんは確かに首を吊って絶命していた。
その浦澤さんは、女性の中では比較的大柄だった。身長の170cmくらいはあっただろうか。体格だって、そこまで細身であったわけではない。
体重も50kg、いや55kgはあっただろう。
直接対峙して、不意をつくならまだしも、そんな人間を相手に一歩も現場に入らずに首を釣らせるというのはまず不可能である。
縦しんば、仮に可能であったとしてもそれにはかなりの機械的なトリックが用いられたはずである。
では、その機械的トリックに使われた道具はどこに消えたのだろうか。
それは全く見えてこない。
ふと、そんなことを考えていたとき、真壁さんは口を開いた。

「あの首吊りがトリックだったってことはない?
例えばさ、遊園地のお化け屋敷にある首吊り幽霊、あれって本当に首を釣ってるわけじゃないんでしょ。首にかかったロープとは別に、身体を支える別のロープがあるって場合があるじゃん。
今回もそれを使ったとは考えられない?」

「ちょっと待った。じゃあなに、瞳は実際には首を吊っていなかったと、実は身体にロープを括りつけて死んだふりをしていたと、そう言いたいの?」

「なんだよ、姫世が言い出したんだよ、可能性を探るって。だから可能性を挙げただけじゃん。事実、浦澤瞳が生きたまま二階に上っていった、そして皆で二階に見に行ったら瞳は首を吊っていた。自殺や自殺偽装じゃなかったら、なんだって言うんだ」

ちょっとした真壁さんの言葉だった。
その少し息の上がった声で、場はたちまち沈黙した。
そのまま話し合いは難航し座礁した。
気がつけば推理は元の位置にいた。皆で回りまわって意見を交わしたはいいが、結局あたりを見渡せば何も進んでいない、最初の位置。
何も分からないし、何も解決しない。
絶望感と閉塞感。それしかなかった。
これからどうしたら良いのだろう。
あつ十数時間。
私たちはこのままバラバラになった状態で、救助隊を待たなくてはいけないのか。そんな苦痛が空気を圧迫していた。そんな時だった。




*  *  *




それは突然だった。
今まで扉を叩く雪の音しかしなかったのに、別の音が混じってきた。
トントン・・・
分厚い木製のドアを何かたたく音だった。
しばらく、皆は固まったままだった。
何の音なのか?
どうして音がなるのか?
音の主はなんなのか?
そんな事が頭の中を駆け巡っていた。
ドアを叩く音が、「トントン」から「ドンドン」に変わってきた。
より強くドアを打つ音が聞こえる。
これは明らかに、気の枝や雪がぶつかる音ではない。
そのうち、声も聞こえてきた。

「・・・・・・ません」

なんだろう。
皆がそう思ったに違いない。

「・・・いません。だれ・・・せんか」

人の声だ。
確かに人の声だ。
何かを訴えかけている。

「・・・ませんか。誰かいませんか!」

聞こえる。夢や幻でない。
確実に人の声が聞こえた。
私は恐る恐るではあるが、ドアに歩を進める。
鍵のかかっているロックを外す。
すると、雪崩のような勢いで「その人」が入ってくる。
一度開けられたドアをまた締められないように、その隙間から身体をすべり込ませるように入ってきた。
大小様々な荷物と一緒に重装備の訪問者。
大量の雪をその全身に積もらせながら。
そう、謎の闖入者が誕生した瞬間だった。

「いや〜〜。すいません。助かります」

男の声だった。
この緊急時と言うのに、どこか飄々とした能天気な声だった。
その男はすぐに立ち上がると、全身の粉雪を払い落とし荷物を担ぎ直す。
意外と大きい。
今まで床に倒れ込んでいたから分からなかったが、身長は175cmくらいある。

「いきなりで申し訳ないんですが」

その言葉になんの躊躇も悪気もない。

「ここで休ませてくださいませんか」

ゴーグルと毛糸の防止を脱いでその顔の全貌が露になった青年が、そこに立っていた。
何処か中性的で優男、そんな印象だった。




*  *  *





暖炉の前の一番暖かい特等席で、その急な訪問者である青年は座っていた。
その手には温められたコーヒー。
立ち上る湯気の向こうに、良くいえば柔和、悪く言えば緩んだ笑顔の男がいた。
その青年は特に名を名乗るでもなく、熱々のコーヒーを雛のように唇を尖らせながらチビチビ飲んでいる。
しびれを切らして、猪井田が口火を切る。

「あの・・・」
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔