凍てつく虚空
「いやぁすまんすまん、あんたこの携帯の人の知り合いか?」
「え、えぇ。そうです。仕事でお付き合いしてますが、あのどうしたんですか。なんで白岡さん・・・、この携帯電話の持ち主はどうしたんですか?」
「いやぁ、それがな、皆で集まって飯くっとんたんじゃ。そしたらゲンさんが酒を注いだら・・・」
「馬鹿言うでねぇ! ワシは酒注いでねぇ! トクさんが珍しい漬物があるっていって、そっからで・・・」
「何で俺が悪くなんだよ! 皆だって美味しい美味しいって言いながら食ってたじゃないか・・・」
こっちの質問には誰一人答えてくれない。
向こうは向こうで水掛け論が始まっているようだ。
分からない。何が起こっているのか。とにかく白岡さんに出てほしい。状況を説明したい。この猛吹雪の中、いつまた圏外になるか分からない。
訳のわからないオヤジたちには用はないのに・・・
「すいません。僕が代わります」
するとだった。こんどは比較的若い男性の声に変った。こちらはまだ落ち着いた声だった。
「申し訳ありません。ただ今こちら、ドタバタしてまして。私、宗像村で医師をしています『三田村』と申します」
「はぁ・・・。あの、この携帯電話の持ち主の方はどうしたんですか。そこにいらっしゃならないんですか?」
その言葉で、向こうの三田村と名乗った男性も言葉が濁る。
「・・・あの、実はですね、落ち着いてください。この携帯電話の持ち主の、ええっと白岡さんでしたっけ、その白岡さんなんですが・・・」
「はい・・・?」
「・・・先ほど、死亡が確認されました」
えっ、と叫んだ。わが耳を疑った。何を言ってるんだ。この人は
「・・・・・・え、あの・・・・、なんですか?」
「・・・気を確かにしてください。その白岡さんなんですが、先ほどまで皆さんと一緒に食事をなされていたんですが、急に苦しみ初めまして、そのまま動かなくなってしまったんです。
私はその場にいたのですぐに蘇生を行ったんですが、しばらくして死亡が確認されました」
「ちょ、ちょっと、嘘でしょ! 何で・・・」
「検死を行わないと詳しくは断定できませんが、恐らく毒物死ではないかと・・・」
「毒物・・・」
「はい」
「・・・本当ですか?」
「えぇ。間違いないかと。ちなみに皆さん、と言いますかあなたのお名前は?」
「猪井田といいます。猪井田姫世です」
「猪井田さんですか。今、どちらに?」
「『黒川影夫』の山荘です」
「黒川・・・、あぁ、え、あんな所にいるんですか!? 」
ふと、疑問が湧いた。
この人は『黒川影夫』の山荘に人が遭難している、と言うことを知らないのか?
しかし白岡さんは村に無事到着している。ならばその白岡さんの口から救助要請があったはず。
それなのに知らない?
「確かに小説家の黒川氏の山荘がこの村の近くにはあります。でも一番近いこの村からでも片道30分はかかりますよ。ましてやこんな雪の中だったら・・・。どうしてまたそんな場所に」
「話せば長くなるんですが・・・、とにかく今私たち、その山荘にいまして、私たちもそちらに行きたいんですが動けないんです。いつになったら救助は来てくれるんですか?」
「そうですね、天候も安定してきてますので、明日の朝には」
―――明日の朝
その響きがまさに福音だった。
確かに明日の朝まであと十数時間あるが、その十数時間を待機していれば良い。
天候も安定して来ているという。
もう少しの辛抱だ、そう思っていた。
その時だった。
急に猪井田の携帯電話のスピーカから聞こえてくる声が不鮮明になってきた。
耳をすませば、またどこか遠くで雷が鳴る音がする。
雷がひと鳴りする事に向こうの声がとぶ。そしてついには通話が強制解除されてしまう。
「切れた」
猪井田の悲痛な呟きだった。
私は痛感した。「あと十数時間」ではない。「まだ十数時間」である。
その間私たちは、人が3人も死んだ不吉な山荘で時間を過ごさなくてはいけない。
犯人も、その殺害理由も分からないまま後十数時間をここで我慢しなくてはいけないんだ。
それに電話口で三田村という医師が言っていたその「十数時間」と言うのもどこまで信ぴょう性があるのかわからない。
もしかしたら、再び天候が悪化し救助隊の到着が遅れるという可能性もある。
私たちが後十数時間で解放される保証はどこにもないんだ。
とりあえず皆はソファにそわる。その間に会話は一切なく、ただただ無言で席に着く。
最初に口火を切ったのは、猪井田さんだった。
「まず私たちがやることは、明日の朝まで生き残ること、だね」
「賛成」
それに反応したのが不二見さんだった。
皆も声には出さないが首肯する。
「じゃあ私たちはどうやって生き残るか。できれば『犯人』を特定しよう。そして捕まえるんだ」
「どうやってさ」
「決まってる。推理するのさ。今現在みんなが持っている情報を統合させ、可能性を一つ一つ削っていく。かのシャーロック・ホームズも言ってる。
『全ての可能性を洗っていき、不可能なものをどんどん削っていき、それでも最後に残ったものは例えどんなにありえないものだろうと、それが真実である』ってね」
「はるほど。つまり消去法で犯人を断定していくんだ」
「そういう事になるね。もちろん私たちは探偵ではない。でもここにいる7人の知恵を集めればそれに近いことができるんじゃないかな。そうだね、まずすることは最初の事件、鶴井舞の事件から探っていこう。
事件のあらましを確認する。
事件が起こったのは、この山荘に着いた最初の夜だった。皆が山荘内の探索を一通り終えて各自の部屋に戻ったあとだった。二階の鶴井の部屋から銃声が聞こえた。そうだったね。そのときこの一階に残っていたのは、私、知尻マリア、そして鷹梨の3人。
これは銃声が聞こえた時はこの3人はこのロビィにいた。ここまではOKかな。
そして、銃声が聞こえたので私たちは階段を昇って、二階に行く。このとき、さっき名前の出なかった、真壁冬香、不二見未里、霧綾美、新馬理緒、貴中怜はそれぞれの部屋にいたそうだよね。ちなみに、銃声がなったときそれぞれ何をしていたの?」
「おっと早速尋問かい」
「冬香、茶化してる場合じゃない。まずか冬香、君は何をしていたんだい。」
「私は寝る準備をしていたよ。パジャマに着替えて、バッグの中身を一度出して整理整頓をしていた。おおかた片付いて、じゃあ寝ようかなって思ったら、銃声みたいのが聞こえてきたから恐る恐る顔を出したってわけさ」
「ふん。もう寝る準備が出来ていたから銃声を聞いたあと、すぐに部屋の外に顔を出したってわけか。じゃあ次は霧、あんたは?」
「わ、私は部屋のシャワーを使っていました。シャワーを浴び終わって着替えてる最中にあんな音が聞こえたので、部屋を出るのが少し遅れました」
「そうか。じゃあ次は未里」
「私は寝てたよ。あの日は異常に疲れてたからね。まぁ公演の疲れもあるし、こんななれない場所に来たせいもあって、部屋に入ったらすぐに睡魔が襲ってきてね。そのままベッドに入ったよ。で、うとうとしていたら銃声を聞いたんでね。