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凍てつく虚空

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―――私は父の御梺まではいけないだろう

―――でもそれで良いのだ

―――私がこの教会を守れるなら



そんな独白とも取れる文章から始まった。
今までのように、犯人の犯行後の目線、犯人が誰かわかっている作品というのは、初めてであった。
たしか聞いたことがある。こういうのを「倒叙もの」っていうんだっけ。
私は早速次のページを捲る。

犯人はとある教会の神父。被害者はとある不動産屋のオーナー。同期は教会の立っている場所が教会ごと不動産屋にわたってしまい、無くなってしまうことから神父がその不動産屋を殺害。

したいを山に埋め、凶器を海に沈め、アリバイ工作を弄し、そっしてなにより自分が神に使える神父という立場を利用して殺人事件を完遂した。
被害者は、日頃から恨みを買いやすい性格で、また暴力団との繋がりもあったため、そのいざこざに巻き込まれて事件が起こったのだと誰もが思っていた。
しかしそこに、しがない私立探偵が現れた。
彼はただの行きずりの犯行ではなく、れっきとした計画犯罪であることを主張した。
最初は全く相手にされなかったが、地道な聞き込みと、神がかった直感で次第に真犯人の神父へと疑惑の目が向けられていく。

しかし神父にはアリバイがあり、そしてなにより「神に仕える者」と言った肩書きがあり、近隣の住民の協力がなかなか得られない。
次第に近づき接近し、そして事件お解明に向かっていく、その犯人の神父の心理状態と、私立探偵の超人的な思考が緩やかに、しかし加速度的に融合していく、そんな黒川影夫の作品でった。


「聖域」

その言葉に私は大いに引っかかった。
この言葉からいろんなものを想像する。
今回の事件に例えてみれば、そう『密室』。最初の事件があったとき、舞ちゃんの部屋は内側から二重の鍵が掛かっていた。外部から内部にどうやっても侵入できない。あれは正しく『聖域』。
そしてこの山荘自体も『聖域』のようなものだ。こちらは中に入ることはできても、しかし決して外に出ることが叶わない空間。
吹きすさぶ氷点下の風と、行く手を阻む積雪。右も左も分からなくする絶対的な闇。それらに囲まれているこの山荘は、そうある意味『聖域』。
私自身は犯人じゃない、そうだって私は彼女たちを手にかけた記憶もないし、なにより動機もない。そう私は犯人足りえない。私はその意味では『聖域』の中にいる。
でも・・・
そうでも・・・
本当にそう言えるのかしら。
私は本当に犯人ではない、私は無実である、そんなことが本当に言えるのだろうか。
まず気がかりなのが、この山荘で起こった事件が全て不可能犯罪ということである。
誰がどうしようと実行することが不可能な事件。まさに不可能犯罪。
まさか、そうまさかとは思うが、それを実行した人物が私だということはないだろうか。

そんな馬鹿馬鹿しい、そう一笑することができない。
猪井田さんでもない、真壁さんでもない、浦澤さんでも、知尻さんでも、不二見さんでも、霧さんも、理緒も、怜さんも、皆事件を起こすことが不可能なのだ。
だとしたら、残るは私しかいないではないか。
そんな奇怪じみた事実が、私の最後の良心にクラックを与える。
もし私が無意識に、熱があり体調不良で意識がはっきりしない時に、
不意に、そう不意に意味もなく訳も分からず、拳銃を握りしめて鶴井ちゃんの部屋に行きトリガーを引いたなら。
意識が朦朧として、それこそ夢を見ている感覚で、隠していた毒物を料理に混入させたなら。

あぁ、そんなことはない。
そんなことはないはずである。ほかの誰であろう、私が私自身の潔癖を信用できなくてどうするんだ。
そうだ、そんなことはない。私は何もしていない。当然だ。私には2人を殺害した記憶は一切ない。私が証明できる。
だってそうだ、拳銃なんか私は持ってない。人を殺めることができる毒物なんか持ってきていない。
そうさ、私は無実だ。『聖域』の中にいるんだ。


必死で自分に言い聞かせた。
でもだった。そんなに必死になればなるほど。言い聞かせれば言い聞かせるほど、不安は津波のように容赦なく自分の精神を飲み込んでいく。


じゃああの夢はなんだ。
最初の事件の夜に見た、あの夢は。
私が舞台上でクルクル舞いながらナイフで舞ちゃんを刺殺したあの夢は。
全く今回の事件と何の関係もない夢なのか。
それは出来すぎている。
あの夢は何か意味を持っているはずだ。
じゃあどんな。

―――私が本当に殺した?

冗談はやめて。
たかが夢じゃない。
あの夜の事件に加えて、自身の体調が優れなかった、だからあんな夢を見たんだ。
そうだ、そうに決まってる。





―――本当にそう言い切れるの?

どこからともなく聞こえてくる。

―――本当にあなたは無実なの?

誰?

―――本当にあなたは2人を殺害してないの?

誰なの?

―――本当にあなたはあの2人を殺そうとしたことが全くないの?

やめろ

―――本当に殺意を抱いたことがないと言い切れるの?

来るな

―――記憶がないっていうのが証拠になるの?

聞きたくない


それが自分自身から発せられる声だとわかった。
本当の本当の本当は、自分でも疑っているのだ。自分自身のことを。
自分のことだ。嘘は付けない。
私は思っているのだ、心の奥底で。


―――あなたが、鷹梨愛が本当は犯人なんじゃないの?


記憶がないだけで、もしかしたら本当に2人を殺害したのかもしれない。
「私が殺した」という証拠はない。
しかし裏を返せば「私は殺していない」という証拠もない。

ただ意識がないだけで、本当は無意識に身体が動いて実行したのかもしれない。
拳銃は?
毒は?
だって持ってきていないじゃん。
でも本当にそう言い切れるか。
そもそも体調不良が始まったのは最近ではない。ずっと数ヶ月前から身体に異変はあった。
稽古中にぼうっとすることが増えたし、気がついたら朝を迎えていたなんてこともあった。
その時無意識にパソコンに向かい、そして無意識に海外のサイトなんかを閲覧し、無意識に拳銃や毒物を購入していたのかも。
そんな馬鹿な。
でも、そんなことないと証明はできない。
拳銃なんかも、一昔前に比べれば手に入れやすいって言ってたし、毒物なんかも例えば「トリカブト」は高山植物の根にその主成分が入っていると。
そしてその「トリカブト」は「カブトバナ」・「アコニツム」と言った別名でフラワーショップに売っているという。それを無意識に買って毒を抽出していたとしたら。

分からない。
何も分からない。
自分が信用できない。
こんなことが今まであっただろうか。
自分が一番怪しい。自分が殺したのでは。

―――そんなことはない

―――でもそれを証明する手段はない

―――やっぱりもしかしたら










はっと気がつく。
気がつけば、窓のすぐそばまで来ている。
そしてその窓のフックに手をかけていた。

一瞬で後ろに跳ね飛ぶ。
私は今、何をしようとしていたの?
分からない。
窓を開けて今にも外に出ようといていたのか、それとも次なる事件を起こそうとしていたのか。

あぁ、情けない。自分がここまで怪しく見えるなんて。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔