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凍てつく虚空

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猪井田さんの問いに、霧さんは少々口をモゴモゴさせながら語りだした。

「藍那から『こんな紙がドアの所に挟まっていた』って相談された。」

「ドアに挟まってた?」

「私は誰かの冗談じゃないのって言ったけど、なんか藍那、すごく悲しそうな顔してて、『取り敢えず綾美がこれ預かってて』って言ってこれ・・・」

「成るほど、田子から手渡されたってことか。」


正直、私は信じられなかった。
こんな辛辣に田子さんを批判するような文書を、それをよりにもよって舞ちゃんが死んだ時に寄こすなんて。
この『追放者』という言葉は、当然の事だが世間一般には広まってはいない。
つまりこの言葉と田子さんを繋ぎ止められるのは、劇団関係者以外いるはずがない。
そしてこの山荘には、私たち以外に劇団関係者はいない。いやそもそも私たち以外に人間はいない。
よってこの文書は、私たちのうちの誰かが作成したもので間違いは無い。

自分の名前も書かずに、しかも直接面と向かう事も無くただただ影から非難し攻撃するような人間が、この中に居るなんて。
そう考えると、怒りで気持ちが悪くなってきた。

「ここで皆に聞くよ。」

猪井田さんは、メンバー皆の方向を向き、先ほどの文書を天に掲げた。

「単刀直入に聞く。これを作った奴は誰だ。」

正しく、怒髪天を突く声だった。
腹の底から怒りがこみあげ、しかし必死でそれを理性でカバーしようとする意思の表れ。
一人一人順々に視線を投げかけていく。

しかし幾らたっても「私です」と名乗り出るものはいなかった。
沈黙が耳を突く。
猪井田さんは、そうか・・・と呟く。

「名乗り出るものはいないか。ならば私は追求していくぞ。これを作りだした犯人を、そして田子を死に追いやった犯人をね。」

「死に追いやった?」

真壁さんだった。真壁さんは猪井田さんの言葉に引っかかり反駁した。

「そうさ。田子はこの文書を見たとき、この追放者と言う言葉を眼にしたとき、過去の自分を思い出したんだろう。
死を選んでまで回避したかった苦痛を、再び思い出したんだろうさ、そして加えてそれによってどれだけ仲間に迷惑をかけたのかも悟った。
つい数時間前に後輩を失って元々精神的に不安定だったあいつは、ふたたびここで自らの死を選んだ、そう考えても不思議じゃない。」

「・・・・・・毒物はどうしたの?」

「もしかしたら、いつも田子本人がこっそり持ち歩いていたのかもしれない。それこそいつでも自らが死ぬ準備が整っているって意味でね。」



想像した。
いつ助けが来るか解らない圧迫され続ける空間で、大切な後輩を自殺と言う形で失った。
自殺を経験したことがある自分自身が何もしてやれず、大きな負い目を感じていた矢先、部屋のドアにはその過去の自分の失態を揶揄する文書があった。
救ってあげられなかった後輩、過去の自分の心の傷、そして心無い仲間からの声無き罵声。
それが遂に限界点を越え、ひと思いに自決を図る。
その時の心境なんて誰にも想像できない。
ただただ懺悔の気持ちでいっぱいだったであろう。

怒りと一緒に腸がせり上がる様な嫌悪感を覚えた。


「犯人捜しを続けようか。霧、田子がこの文書を見つけたのっていつ?」

「さぁ。確か、ご飯を食べる30分前に藍那が部屋に来たから、多分ですけど更にその30分前くらいじゃないですか。」

「成るほど。つまり食事の時間の一時間ほど前ってことね。食事の時間が大凡10時だったから、その一時間前、9時には田子の部屋のドアに挟まっていたって計算ね。」

「でも姫世、9時には挟まっていたって言うけど、そのまえから挟まっていたって可能性もあるんでしょ。例えば6時でも7時でも、あるいはもっと前からでも。
そうしたらどうするの。この文書が挟まれた時刻が特定できないんじゃ、犯人探しはできないよ。」

「そうね。少なくとも何時までには文書が挟まれていなかったかが解れば、もう少しスムーズになるのに。そう言えば瞳、あなた達は私たちが1階に下りて来た時には、
もうここに居たでしょ。と言う事は、田子の部屋にこう言った類の文書が挟まれていたとか、いなかったとか見てないの?」

「残念だけどね、そんなことに注意を払ってなかったさ。怜もそうだろ。」

「えぇ、すいません猪井田さん。まさかこんなときにそんなものがあるなんて夢にも思わなかったもので。」

「そう言う事。」

「ふぅむ・・・。そうか。愛は? 何か見てなかった?」

「見てません、ただ・・・」

「『ただ』? ただ、何か気になることもでも。」

喉がひりつく。
できることなら、やはりこんな言葉を言いたくは無かった。
それでも胸から込み上げてくる、この粘着性な塊を吐き出したかった。

「これが自殺じゃない、殺人事件だってことは考えられないでしょうか?」

「え、は、殺人・・・・・・だって?」

「はい。朝、皆さんが降りてくる前に浦澤さんと貴中さんと話し合ってたんです。そこで舞ちゃんは絶対に自殺なんかしない、する様な人間じゃないって、
怜ちゃんも言ってたし。やっぱり私思うんです。おかしいですよ、舞ちゃんに続いて田子さんも自殺なんて、やっぱり何処か歪ですよ。
何もこんな時こんな場所で、こんな形で皆を巻き込んで自殺をするなんてやっぱりどう考えてもおかしいです。
本当なら、今まで自分がお世話になったメンバーを巻き込んで、精神的に追いつめる形で自殺をする人たちじゃありません。これは誰かに、何らかの形で殺されたんです。」

静かな空間になった。
叩けば空気がキンと音を出して鳴りそうだった。


「解った。愛の言いたいことは何となく解った。確かに私も思うよ、『これは平常じゃない』って。
そもそも私たちがこんな雪の中見ず知らずの人の山荘に閉じ込められて、大切な私の仲間がこんな形で命を立て続けに絶つなんて、やっぱり何処かおかしいって。
できれば夢であって欲しいって思う。
ただこれは紛れもない現実だ。もしそうならば、全ての結果は全て原因が付きまとう。
この一連の自殺事件が、もし仮に愛の言う通り殺人事件ならその原因、つまり犯人がいることになる。
じゃあそれは誰なんだ。それこそ紛れもない私たちの中の誰かだ。何故ならこの山荘には私たちしかいないから。
もしそうなら、じゃあ私たちの中の誰が犯人であることができようか。
冬香か、マリアか、瞳か、未里か、綾美か、理緒か、怜か、私か、はたまた、愛自身か。
私はこう断言できる。誰も人殺しなんてやるような人間じゃない。
悪戯や、下手な良い訳や、稽古をサボるようなことはあっても、人を殺しと言うような人道に外れた行為に身を落とす下人は、ここにはだれ一人いない。
確かにあの二人が自殺することは考えずらいが、この中に彼女たちを殺した人間がいる、と言う事の方がもっと事の方がもっと考えられない。
だとしたら、やっぱりあの二人は自殺したんだと言う方が、まだ信頼性は高い、そう言う事さ、愛ちゃん。」

猪井田さんの諭すような言葉に、しかし私は納得することが出来なかった。
違う、そうではない
そう思っても、じゃあいざ口にしようと思うと、なかなか言葉に変換されない。
もどかしい。

そんな時だった。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔