小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

凍てつく虚空

INDEX|14ページ/67ページ|

次のページ前のページ
 

そう言って手渡された一冊の小説、それがこの本だった。
ええっと、タイトルは・・・

「『猛き月』か。」

不思議なタイトルだと思った。
月と言えば、何処かほの暗く、華奢なイメージが強い。
太陽を男性と捉え、対に月を女性的と捉える慣習が日本にはあるのではないだろうか。
少なくとも、私にはそう言ったイメージが強かった。
『猛き月』、その我々が持っているイメージに真向に反対したタイトルに、私は微かに心惹かれた。
そっと表紙をめくった。


――――月には人を魅了する不思議な力を持っている。
        しかし、それは月が人間を解放するわけではない。
            月は人間を呪縛し、人は月に踊らされて狂気に駆り立てられるのだ
                月は人間にとって良心的な友達ではない。
                    月は人間にとって、謂わば『催眠術師』なのだ――――


そんな穏やかではない一文から小説は始まっていた。
丸々一ページを使って書かれていたのがそれだけだったのだ。
何処か不可解な、しかしそれでいて先の見えない深さを持った言葉だった。
更にページを開く。

そのまま何時間が経ってしまっただろう。
途中、吹雪の声も全く聞こえなくなるくらいに私は集中しきっていた。
気がつけば時計の短針は「3」を半分超えていた。

「もう、こんな時間か。」

ゆっくりと最後のページを畳む。現れた背表紙にはバーコードと出版社しかかかれていない。
後は一面真っ黒く塗りつぶされている。まるでここから見る外の世界だ。
いや、まだ白い雪が降っている分、この背表紙の方がもっと深淵な闇だろう。

立ち上がり一度大きく背伸びをする。
こんなに机に向かい合って集中したのは何年振りだろう。
およそ3時間。
少なくとも学生時代にはあり得ないことだった。


この小説を思い返してみる。
分類としてはミステリ小説に類されるものだろう。


ある町で殺人事件が起こった。
深夜、飲みかえりのサラリーマンを襲った事件だった。
そのサラリーマンは全身を刃物でめったざしにされていたが、財布は無事だった。警察は快楽殺人の可能性もあるとして、
捜査を始めた。
しかし、何故か目撃者が皆無で捜査は一向に進まなかった。
おまけに同様の被害者は増える一方だった。やはり金品強奪等の目的ではないようだ。
次々と、快楽殺人が真夜中に転がり現れる。
その被害者同士の関係は特に無い。
また不思議な事に事件が起こるのは決まって、何故か満月の夜だけだった。
満月以外の夜は、決して事件は起こらない。
そして、ある満月の夜、1人の女性が被害に遭う。状況は全く同じ。
その女性の恋人の主人公は憤怒する。
けれども、警察は捜査が進まない。証拠が出てこない。今忙しいと言って、相手にしてくれない。
男は自らの手で犯人を見つけ出し裁きを下す事を決意した。
ここから犯人と主人公の駆け引きが始まる。


そんなストーリだった。

満月の光で意識を失い湧き上がる狂気で殺人を犯していく犯人。
酒も薬も女も調節した至高の快楽に溺れることが出来る満月状態。
しかしひとたび満月が薄れいくと徐々にその狂気が浄化されていく。例え自分が故意が無かったとしても、自分の罪深さに苦しみ、
っして何とか罪滅ぼしが出来ないかと苦悩する殺人狂の視点。

様々な情報や自分の知能を駆使し犯人を少しずつ追い詰める男。
犯人の殺してきた被害者や遺体を目の当たりにしてきて、また同様に月光を浴び続け
犯人の感情・思考などが理解でき始めてくる。その結果、少しずつではあるが犯罪・殺人と言うものに興味を持ち始め、
そしてある日一線を越えてしまう。つまり同様に満月の夜に殺人を犯してしまう男の視点。

そんな『満月の殺人狂』と『恋人を殺された主人公』、二者の視点が実に見事に絡み合っていく。


恋人を殺されて、自分に対しての無力感や不甲斐無さ、その復讐心から犯人を追い詰めていくはずの主人公。
しかし、その心に変化が見え始めていた。
最初は殺された恋人だけでなく、その他の被害者の為にも社会正義に燃えていた主人公が、徐々に殺人鬼を追い詰めていくごとに
殺人鬼に影響されて、その精神に破壊衝動が現れ始めてくる。
月の光を浴びごとに、その心に潜伏している野性の本能をどんどん湧き上がらせる。
月の光は、心の闇の部分を増大、成長させる効果があるのだろうか、主人公の人格が見る見るうちに歪んでくる。
始めは些細なその衝動だが、膨らみ始めたその衝動に駆られてくる。
最初は、耐えて心の奥底に押し殺していたその衝動の芽は、月の光を浴び更に成長を続ける。
徐々に、制御の利かなくなってきた理性と、膨張してくる野性との板ばさみで苦悶を繰り返す。
そして衝動が理性を打ち負かした時、遂には自分が殺人を犯してしまう主人公。


満月の光に酔わされて、麻薬のような一種の興奮・覚醒状態になってしまう殺人鬼。
一瞬にして膨れ上がった邪悪な本性は、体そのものを乗っ取る。
その気の赴くままに、気の済むまで殺人を犯す。
しかし、満月が過ぎ去ると興奮が冷めて、自分のしでかしてしまったことを激しく後悔する。
満月の夜だけ、意識が朦朧とし激しい殺人衝動に駆られ、しかし満月が地に沈み朝がやってくると、理性が帰ってくる。
裁判に掛けられても、法の下では『心神喪失』と見なされ、裁かれずに済むだろう。
それでも自分のしでかした事の重大さは、心に深く重く圧し掛かる。
理性の働いているうちは、その事を深く後悔し、自分に落胆し、2度と犯行を犯さないことを、心の中で誓う。
けれども、再び満月が訪れると、再び衝動に駆られ犯行を起こす。
それがどうしたことだろう、一瞬にして成長した衝動は、再び月光を浴びるごとに、その闇の部分が、どんどん和らいでいく。
満月の夜に犯行を繰り返すたびに、衝動に駆られて意識が飛ぶ時間が、どんどん短くなっていった。
心の野性の部分が、月の光で浄化されているかのように思えた。
そして、自分への嫌悪感と激しい後悔、被害者への懺悔の気持ち、そして全てに対しての無力感や脱力感に満たされる殺人鬼。


―――恋人を殺害されて復讐を誓った主人公の男性。

―――月の光に踊らされ殺人狂と化した謎の殺人鬼。

―――満月の夜になる度に、この2つの視点の駆け引きがページの上で壮絶に書き上げられている。

―――情景描写、心理描写、小説素人だろうと愛好家だろうと惹き付けて止まない独特の味わい、次のページ、次のページと
   読み手を飽きさせない不思議な力をもちつつ、それでいて重厚で刺激的な作品。

自分は文学評論化でもその書き手でも無い。
それでも充分すぎるほどに、この作品の完成度の高さを噛みしめた。





ここで鶴井舞のことを思い出してしまう。
こんな雪山の奥深くの、陸の孤島とでも呼べるような山荘。
いつ何処で入手したかも解らないような拳銃を握り締め、その静謐な顔に無残な銃創を焼き上げて。
彼女は自殺した。
日本人形の様な端正で静かな美しさを持ち合わせる少女。
何を考えているか解らない、まるで空気のようなオーラを持った彼女。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔