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凍てつく虚空

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普段は厳しいながらも、大声を上げるような人では無かった分、とても驚いた。

「そんな根も葉もないうわさ話を真に受ける必要無いわ。『あんなこと』はさっさと忘れましょう。ほら、皆疲れてるわ。もう寝ましょう。」

リーダーのそんな一言でその場はお開きになった。

悲しみにくれるもの。
納得のいかないもの
精神的に疲労のピークを迎えるもの

それぞれが、自分の部屋に戻っていった。



私は寝れなかった。
体調不良もあり昼間から寝ていたせいだろうか、夜が深くなっても眠気が襲ってこなかったのだ。
用意されていたベットの中で何度も寝返りを打つ。
眼をつむっても、頭の中に様々な映像が蘇ってくる。

鶴井舞。
年齢は2つ下ではあるが、この世界に入ったのは自分の方が遅かった。
最初の印象は物静かな子だなって事だった。
無言の演技を多弁に語っていた。
無言の演技は抜群にうまく、薄幸の少女を演じれば右に出るものがいない、そう思っていた。
貴中さん以外の人と喋っているところはあまり見ず、いつも何処か宙を見上げていたり、狭いところを好んでいたりと、少々変わったところがあるとも思っていた。
それでも多少天然の入っている笑顔が可愛らしく、印象的でもあった。
そんな映像が、まるで洪水のように溢れ返ってくる。




*   *    *






身体を起こす。
これ以上、瞼の裏のスクリーンに鶴井舞の亡き面影を映し出すのが辛くて堪らなかった。
窓から漏れてくる月明かりだけが、幽玄な雰囲気を醸し出していた。
このままでは寝れない。
私は部屋を出た。
部屋のすぐ右隣の部屋をノックした。
理緒の部屋だ。
すぐに部屋の奥から、どうぞと帰ってきた。

「なんだ、愛ちゃんか」

新馬理緒はナイトテーブルに腰かけていた。普段まとめてある髪をほどくと、肩まである透けるようなベールの様だった。
そこで一冊の文庫本のようなものを開いていた。
新馬理緒は私の親友であった。
年齢も同じで話もあった。北陸の海沿いの小さま街出身であった私が上京しこの劇団に入ったとき、無邪気に話しかけてくれたのが彼女だった。

「やっぱり寝れない?」

視線を本から外し、優しく問いかけてくれる。
私は無言でうなずいた。

「今夜はいろんなことがあったね。吹雪と良い、舞ちゃんの事と良い、まるで夢の世界に居るみたいだよ」

理緒の言葉はどこか自嘲めいていた。
私はここで真壁さんの言葉の意味を聞いてみる。

「ねぇ。真壁さんが言ってた『あれ』って何のことか知ってる?」

「ん?  あぁ・・・・・・さっきの事ね?」

「そう。理緒は知ってるの?」

「私もお父さんの仕事の話を盗み聞いただけだから詳しいことは解らないわ。ただ舞ちゃんね、そうだな時期にしてこの劇団に入る前になるのかな、ある噂があったのよ。」

初耳だった。
確かに理緒の父親は警察のお偉いさんだと言う話は聞いたことがある。
しかしだからこそ、理緒にはそういった類の話はしないようにしていた。
それでもこの劇団に入団して随分になるが、そう言った類の話はこれが初めてだった。

「舞ちゃんね、中学校の卒業間近に友人を一人殺したことがある、って」

「!!」

息が止まりそうだった。
つい先ほど、非現実的な現実を突き付けられたばかりなのに、間髪いれずに再び非現実的な言葉が出て来たのだ。

「勿論、性質の悪い噂でしかないわ。少なくともお父さんはそううは思ってないはず」

「で、でも、友人を殺したことがあるって・・・」

「殺意があって殺してしまった訳じゃないわ。あれは事故だったって話よ」

「事故?」

「まぁね。私が盗み聞きした話を要約するとこうなるわ。中学校の卒業式の帰り道、舞ちゃんは仲の良い友人たちと学校から帰っていた。
友人たちと一緒に登下校するのも最後と言う事で、いつも以上に会話に花が咲いていた。その時友人の一人が冗談を言って、舞ちゃんがこれまた冗談に突き飛ばした。
ここまでは良くある風景だったが、その友人はたまたまバランスを崩した。
それがたまたま道路であって、そこにたまたま大型トラックがスピードを出しすぎたまま、
そしてその友人はそのままトラックに轢かれてしまい、たまたま打ち所が悪く病院で息を引き取った。
そんなことよ」

「そんな、それって舞ちゃんの責任なの?」

「まさか。過失があったのはトラックの運転手よ。運転手もそれを素直に認めてるわ。舞ちゃんに過失は無い。ただ、卒業式の日と言う事もあり、
クラスメイトや遺族に充分な釈明ができずに新生活のため離れ離れになってしまったから、噂に背びれや尾ひれがくっついただけよ」

「舞ちゃんはそのことを未だに引きずってるのか。自分が殺してしまったって・・・。もう4年も前の話なのに」

「4年も前の話だからでしょ? 過失がどうあれ、友人を殺しておいて4年間ものうのうと生きた自分が恥ずかしくて堪らなかった、そうとも考えられるけどね。」

その言葉を聞いたとき、新ためて理緒の冷静さを驚嘆し、同時に恐怖した。
感情的である自分に比べ、理緒は何処までも冷静であり客観的であり、そしてどこか無機質に見えた。
自分の身内が死んでしまって一時的にショックがあったとしても立ち直りが比較的早い。
またすぐにその原因を思考することが出来る。
しかしそれは同時に、何処か一歩引いた場所に存在するからではないか、時たまそう思う。
同じ職場の同僚ではなく、あくまで別の個体、別の生命体としてとらえているからこそ、ここまで客観的になれるのではないか、そう思えてしまう。
でもだからこそ、舞台での複雑な酷務を成し遂げることが出来るのだ。

「何処から持って来たんだろうね。」

「何の話?」

「銃だよ銃、拳銃。舞ちゃんが握りしめていた拳銃って、いつ何処で手に入れたんだろう。愛ちゃんはどう思う。」

「どうって言われても。私よりも理緒の方がまだ詳しいんじゃないの。例えば何処からなら入手しやすいとか。」

「何処から・・・、何処からねぇ・・・・・・。一番簡単なのはインターネットじゃない? ネットカフェなんか使えば足もつかずに注文することもできるし。」

「そんなに簡単に手に入れられるものなの。だって拳銃でしょ?」

「時代が進んだんでしょ。良くも悪くもね。」

理緒はそんな一言だけを残した。


その後は鶴井舞の事件には触れなかった。
最近の日常生活について、恋愛事情、演劇について、本当に他愛もない話で時間をつぶした。
できるだけ、「鶴井舞の自殺」と言う事件を忘れようとしていただけかもしれなかった。





*  *  *



窓の外は、全くの黒一色だった。
窓ガラスには、自分とまったく同じ顔が浮き上がっていた。その顔は健常とは言えず、どこか疲弊しきった顔だった。
視線を窓から手元の一冊の本に落とした。
掌サイズの文庫本だった。
表紙は陽の光で色褪せながらそれでも紺色をした表紙に青白い月が描かれていて、とても幻想的であった。

理緒の部屋でのお喋りを終え、自分の部屋に帰ろうとしたとき、

「これ読んでみれば。この山荘の元々の持ち主の書いた小説。猪井田さん曰く、凄い有名な作品なんだって。」
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔