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凍てつく虚空

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「ドアの近くに? 栓抜きなんてあったっけ。」

「ほら、つっかえ棒とそれを差し込む溝みたいな奴ですよ。解んないかな〜〜。」

自分の言いたいことが通じないのか霧綾美は大層ご立腹だが、何を言いたいのか解らないこちらとしても心境は同じだ。
『栓抜き』
果たしてビール瓶が転がってる訳でも無いのに、ドアの近くに果たして栓抜きなどが置いてあるものだろうか。
それも一部屋一部屋に。
恐らく霧が言いたいのは・・・。

「・・・・・・それって『閂(かんぬき)』のことじゃないのか?」

知尻のナイスフォローだった。
霧はきょとんとしてる。
『せんぬき』と『かんぬき』。
あぁ、なるほど。
それを聞いて霧もとたんに顔を紅潮させる。


閂とは、言ってみれば簡易的な鍵の事である。
主に建物のドアなどに用いられ、木製や金属製のボードをスライドさせて、鍵穴のような部分に差し込む。
これだけである。
ドアはそのボードに引っかかって開けることが出来ないと言う仕組みだ。
単純なだけに、外部から開けようと思うと思いのほか手間を取る仕組みでもある。
鍵棒だけでなく、閂まで施す意味が良く解らなかったが、『閂が掛かっていたからここで諦めましょう』とは行かないであろう。
必死でノブを握っている猪井田さんがこちらを向いた。

「こうなったらしょうがないわ。」

「ど、どうするのさ。姫世?」

「打ち破るわ。」

「えっ! 打ち破る? ドアを?」

「勿論よ。もしかしたら舞が部屋の中で苦しんでるかも知れないじゃない。」

「でも、いくらなんでも勝手に建物の一部を壊すなんて・・・」

「しょうがないわ。緊急事態よ。瞳も手伝いなさい。」

そう言うが早いか、猪井田姫世はその身体を鶴井舞の部屋のドアに打ちつけ始めた。
浦澤瞳もどうしたら良いのか解らずに周りの皆の顔を見合わせた後、決心したのか、あるいは諦めたのか猪井田の言われるがまま、その強靭な身体を同様にした。
その後は、真壁冬香、知尻マリア、貴中怜らも加わりその分厚いドアの破壊を目論んだ。
最初は梨の礫だった鶴井の部屋のドアも、一回二回と皆が打ち付けるたびにギシ・・・と僅かな声を発していた。
十回二十回と繰り返せば、眼に見て解るようにドアが軋み始め、三十回を越えたあたりで、バリバリと大きな音を立てて気の壁は崩れ去った。
勢い余って猪井田や浦澤はそのまま部屋の中に倒れこんだ。
その先には鶴井舞が、「どうしたんですか?」といつもの天然な表情で向かい入れてくれた・・・・・・

はずだった。



しかし現実はいつも我々の想像を簡単に、そして酷く超越する。
そこに鶴井舞の姿は無かった。
いや、「無かった」では正しくない。
正確に言えば「生きている」鶴井舞はなかった。
その代わり、「既に事切れている」鶴井舞が横たわっていた。
真っ赤な鮮血にその身を浮かべ、力無く四肢を投げ出した鶴井舞だった亡骸が横たわっているだけだった。






私は茫然としていた。
いや、茫然と言うよりも何が起こったか解らない、と言った方が正解だったかもしれない。
目の前の光景の意味が解らないのだ。
ほんの数時間前まで、他愛もない会話をしていたはずの演劇仲間であり同僚であるはずの鶴井舞が、真っ赤な液体の中央に横たわって言うのだから。
恐らく私だけではないはずだ。ここにいるメンバー全員がそうだったに違いない。

ただただ真っ赤で
ただただ静かで
ただただ遠い

そんな世界が広がっていた。

どれほどの時間を茫然としていただろう。
最初に動いたのは瞳さんだった。
ゼンマイが切れた人形のように動けない猪井田さんを突き飛ばし、瞳さんは舞ちゃんに駆け寄った。

「おい! 舞! 大丈夫か!?」

自分が血に塗れることなんかお構いなしに、浦澤さんは横たわる舞ちゃんを抱きかかえる。
その華奢な身体を必死に支えながら、その名を連呼する。
でも舞ちゃんは重力に従順にその全てをだらりと投げ出し、全く動く気配がない。
その浦澤さんの動きで漸く皆はその呪縛から逃れることが出来た。
一歩一歩と横たわる鶴井舞に近づく。
しかし、浦澤瞳の様に鶴井に抱きつくことが出来ないでいた。

「ひ、瞳・・・・・・。マイは、舞はどうなの?」

真壁冬香だった。
ゆっくりと近づきながら、しかしその声には半分諦めの籠った声だった。

「わ、解りません。ただ・・・、い・・・いきも、してないし・・・・・・、から、も、つめたい・・・。」

半分泣いていた。
あの瞳さんが、ここまで狼狽している。
いつも豪胆無比で兄貴肌の浦澤瞳さんが、言葉一つまともにしゃべることが出来ない。
その様子だけで、鶴井舞の状態が絶望的であることがうかがえた。


ここでお腹の底から蠢く衝動を感じた。
胃が熱く脈動する。それは食道を遡り、喉を焼き付ける。
飲んでも飲んでも飲みきれない波が押し寄せてくる。
咄嗟に両手で口元を押さえ、縺れる足で部屋を飛び出す。
その後の事は良く覚えていない。気がついたら、便器に顔を突き出し、嗚咽を吐いていた。
何処にこれ程の内容物をため込んでいたのかと言うくらいの大量の吐瀉物を、鬼の啼くような咆哮で押し出したのだった。




*  *  *


鶴井舞の部屋に突入してから半時間が過ぎようとしていた。
メンバーは全員、一階のロビィに集合していた。勿論、そこに鶴井舞の姿は無かった。


「姫世、舞ちゃんは・・・?」

知尻が小さな声で猪井田に聞いた。

「瞳と藍那に手伝ってもらって物置に安置してるわ。ほら玄関のすぐ外にあったでしょ、小さな小屋が。あそこよ。」

「・・・そっか。」

それ以来、会話は聞こえてこない。全員が沈痛な面持ちで椅子に座っている。
こう言う時に限って、雪音が沈黙を掻っ攫ってくれない。


「瞳さん。」

「ん、怜どうしたの?」

「こんなこと聞くのも何なんですけど、舞は、本当に死んでたんですか?」

浦澤瞳は口を横一文字に結び、何かを思い出すように呟く。

「私も信じたくないけどね、でもあれは誰がどう見ても死んでるよ。怜も見たでしょ・・・」

そう言うと浦澤は自分の右手の人差し指を突き出し、己の額に押し当てる。

「額が銃か何かで打ち抜かれてたんだよ。あんなに血も出てたし、仮に生きてたとしても、今の私たちじゃ命を救うことはできないよ。」

その言葉により、再び深い沈黙が訪れた。
互いに次の言葉を懇願するかのような沈黙だった。
そんなとき、真壁が口を開いた。

「これって・・・『自殺』なのかなやっぱり。ドアも閉まってたし。」

「そりゃそうよね。誰かに殺された訳じゃ無ければ、そう言う事になるわね。」

その言葉に真壁冬香は、宙に視線を浮かべ言葉をこぼした。

「どうして、舞ちゃんは、死んじゃったのかな・・・」

一瞬にして場の空気が変わったのを感じた。
今までとは違い、冷たさに加えて硬さも加わったような、空気だった。
そんな空気の変化を感じたのか感じてないのか、真壁は続ける。

「やっぱり、『あれ』が原因なのかな・・・」

その瞬間だった。

「やめなさいよ!」

猪井田さんだった。
猪井田姫世が激昂したように叫びを上げた。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔