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凍てつく虚空

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ゆるりとカップを持ち上げる。
この香りだけで脳内にアルコールが廻りそうだ。
一口飲んでみる。
口の中に紅茶の鋭さと芳醇なウィスキーの風味が広がる。

「あ、・・・おいしい。」

「でしょ」

マリアも得意げに自分のカップを傾ける。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら飲み干す。
鷹梨もおっかなびっくりではあるが、マリアが手渡してくれた紅茶に口をつけた。
ぽぅっと頬が紅潮するのが解った。
可愛らしい。
単純にそう思った。

後は何て言う事は無い、世間話になった。
各々の入団当時の思い出話や、最近の恋愛事情にも花が咲いた。
こうやっている間は私たちは普通の女の子であると自覚できる。






ふと、窓に視線を移した。
漆黒の闇夜に、薄らボンヤリ浮かび上がる雪の結晶。
浮かび上がってはぶつかり、ぶつかっては消え、消えてはまた浮かび上がる。
そんな永遠のような循環。
その循環に呼応するように、闇の奥底から蠢く風切音。


耳を澄ませば聞こえてくる、雪が窓ガラスをたたく音。
まるで意思を持ったように連続した規則性を持った波長。
何かを訴えかけてくる様な、哀しみを帯びた音色。

不思議な音色だった。

そう聞こえた。



あるいは。
そうあるいは。


―――ここから早く逃げた方が良いよ――――


そう言ってくれてたのかもしれない。

連日の地方公演と、この特殊な環境で精神が少々参っているだけなのだ。
猪井田はかぶりを振って、頭に浮かんだ絵空事を振り払った。








先に言っておこう。
私の悪い予感は当たっていた。
このとき、吹雪に視覚の全てを奪われるのだとしても、この山荘を飛び出すべきだったのだ。




この山荘は後に、惨劇に包まれることとなる。






そう、それは突然だった。

山荘内に、一発の銃声が鳴り響いのだった。。









*  *  *






第二章   鷹梨愛視点




確かに聞こえた。
この山荘内には似つかわしくない、何かの炸裂音。
大きな単発のねずみ花火が爆発したような音だった。

目の前の猪井田さんと顔を合わせる。猪井田さんも何が起こったのか解らないという顔だった。
音がしたのは二階の方からだ。
十秒、二十秒、耳を澄ませてみるが、それっきり音は聞こえてこない。
いつもの静寂な空間に戻っていた。

「何、今の音?」

最初に口を開いたのはマリアさんだった。
その小さな顔に似合わない大きな瞳をパチクリさせながら、階段の方向を見つめる。

「と、とにかく二階に行ってみましょう」

猪井田さんの先導のもと、私たち三人は階段を上り二階にやってきた。
そこでは同様に先ほどの謎の音を聞いたのか、部屋から先輩方が顔を覗かしていた。
まず最初に顔を出していたのは真壁さんだった。寝巻のパジャマ姿で顔を半分出していた。
他にも霧さんはシャワーでも浴びていたのか、頭をタオルで拭きながら、未里ちゃんは瞼が半分下がっていて、寝起きそのものだった

「ちょっと。今の音はなに?」

猪井田の問いに、メンバー互いに顔を見合わせるが誰も答えない。
みんな、何も知らないようだ。

「誰か花火でも買ってきて、間違って引火しちゃったんじゃないの。」

長袖Tシャツの浦澤さんは冗談っぽく受け流す。
でも本当に花火かその類の音だっただろうか。
それにしてはそっけない単発で終わったが、しかし腹の底に響いてくる音だった。

「本当に誰も知らないの・・・・・・、あれ?」

マリアさんが何かに気づいたようだ。

「・・・・・・舞は?」

「ん?」

「舞だけが部屋から出てこないんだけど・・・。」

全員の視線が鶴井舞の部屋のドアに集中する。
廊下の北側、奥から二番目の部屋のドアだけが開いていなかった。
あとの他のメンバーはドアから顔を出しているのに、鶴井舞だけがその姿を現さなかった。


「舞、ちょっと良いかしら。」

猪井田さんがドアを軽くノックする。
しかし反応は無い。

「舞、寝てるの? お願いだから少し起きてくれないかしら。」

それでも反応はゼロだった。
まさかさっきのさっきまで起きてたのに、こんなに早く熟睡すると言う事もあるまい。
それなのに一切の反応が無い。
一同の空気に嫌な空気が流れる。
まさか・・・。
「まさか」ではあるが、万が一の事を考えドアを開けようとドアノブに手を掛けてみる。しかし

「・・・あら。」

「どうかしたんですか。」

「廻らない。」

見てみると猪井田さんは力を込めてノブを回そうとしているが、ノブは固く閉ざされていた。
それを見ていた不二見さんが

「私に貸してください。」

代わりにドアノブを握る。しかし結果は一緒だった。

「鍵が掛かってるんじゃないですか。」

今度は田子さんだった。
紺色のスウェトに身を包んだ小柄な体がひょいと覗かせる。

「まさか、鍵かけて寝ちゃったとか。」

「わざわざ? 泥棒や痴漢と一番無縁なこんな場所で?」

「なんにせよ、これだけ呼んでも反応が無いって言うのは、もしかしたら何かあったのかも。」

「よし、私が鍵束を下から持ってくるよ。それで良いんでしょ。ちょいと待っててよ。」

真壁さんだった。
その屈託のない笑みを崩さず、くるりと方向転換したかと思うと、そのまま駆け足で階段を下りて行った。
ペタペタと少々間抜けな音だった。

「でも変ですね。」

今度は貴中怜だった。
鶴井舞と日頃仲の良い貴中が、首をひねりながらドアを眺める。

「舞、どっちかと言うと夜型人間のはずなのにな。こんな時間に寝るなんて今まで・・・。」

何処か腑に落ちないと言った表情だった。
しかし私はこのとき、それほど深刻に考えなかった。ここ連日の地方公演の疲れが出ただけだろう。
そんな風に短絡的に考えていた。
走行考えているうちに一階から真壁冬香が戻ってきた。

「お待たせ。これだろ?」

その手には一歩一歩ジャラジャラと金属のぶつかる音がする鍵束が握られていた。
猪井田はサンキュウと言って受け取る。部屋番号にある鍵を探し、鍵穴に差し込む。回転させれば少しの抵抗の後、すんなりと廻った。
それは「ガチャリ」と言う特有の金属音でも解った。

「舞、悪いけど開けるわよ?」

猪井田が再びドアノブを握った時だった。
猪井田の身体がその場から動かない。もちろんドアも開いていない。周りのメンバーもどうしたんだと覗き込む。

「姫世、一体どうしたの。早く開けなよ。」

「・・・・・・開かないんだ。」

そう言うとドアノブから手を離した。

「ドアノブは廻るんだけど、幾ら押しても開かないんだ。」

メンバーは顔を合わせる。そんな馬鹿なと訝しんだ者もいただろう。
猪井田の代わりに知尻がドアノブを握っても見た。小さな掌に精一杯の力を込めて押してみたが、びくともしない。
念のため引いても見たが、やっぱり効果は無かった。
他のメンバーが代わる代わる試してみるが、やっぱり結果は変わらなかった。

「『栓抜き』掛けてるんじゃないんですか?」

間の抜けた声あった。すぐに発言者が霧だと解る。

「『栓抜き』? なにそれ。」

「だってあったじゃないですか。ドアのすぐ近くに。」
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔