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凍てつく虚空

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遺族の方が聞いた「最新作ができそうだ」と言う話は、黒川氏の嘘であり家族を困らせたくなかったためについたものであった、と言う案です。これなら手元に薬の容器が無かったことも説明がつきます。
何しろ自殺を考えていたのなら、直前になってそれを探したりしません。これなら辻褄が合います」

警察官はその立場から知りえた情報は外部に漏らしてはならない、と言う守秘義務がある。それは例え相手が家族であろうと、その職を退こうと同様のはずなのだが、
そこは今回は触れないでおこう。
つまりここで新馬が語った情報はまず信用してよいだろう。
すると面白い話だ。いや、故人の話を面白がるとは何とも不謹慎な話ではあるが、でも興味はあった。
あの黒川影夫が自殺?
それよりも残りの一つの説が気になった。

「ただそれだと、消えた原稿用紙の説明がつかないな。あとの一つの説は?」

「殺人です」

「殺人? これまた話は穏やかじゃないね。」

「はい。当時こちらの説の方が有力だったようです。黒川氏は遺族の証言通り、作品を書き上げていた。しかしそれを持ち攫われたんです。黒川氏の熱狂的なファンによって。
詳しく説明するとこうです。黒川氏が最近、新作を書き上げるのではと言う噂が実しやかに流れていた。黒川影夫の新作となれば学術的価値もあり、ブラックマーケット、所謂裏市場では
それこそ天文学的な金額でやり取りされるでしょう。また、金に替えなくてもそれを自分の名前で出版社に持ち込めば作家としてもデビューできる。
そう考える人間がいないとは言い切れません」

「ふ〜〜ん、なるほどね。ただそれもまた問題があるよね。もし邪な考えを持った闖入者がいたとしても、それは黒川氏が死んでいた理由にはならない。侵入したのが見つかって殺したのなら、
計画的にしろ突発的にしろ、形跡が残るもんでしょ。理緒、そう言う形跡はなかったんでしょ」

「えぇ、やっぱりそうなんです。現在では不可解な点こそ存在するが、殺人であるという確固たる証拠も無かったので『自殺』と言うことで片づけられています」

「ふん自殺ねえ。まぁそれが一番無難かもね。偶然に偶然が重なる、それが現実ってもんじゃない」

浦澤が手を組みながら天井を仰ぐ。
『自殺』、『殺人』なんて言う血なまぐさい言葉が空気中に充満した。
そんな空気を入れ替えるように猪井田が眺めていた本を閉じる。

「はい、止め止め。こんな話は終了。少なくともうら若き乙女がするような話じゃないね。私たちはもう寝よう。さ、部屋に戻った戻った」


*  *  *



浦澤たちは二階に上がっていったのを見送った。
一見無尽蔵の体力を誇っているように見える田子や霧も、流石に疲れて来たのか、私の指示を従順に守った。
各々の部屋のドアを開閉する音が聞こえた。

私はと言うと、疲れているはずなのに何故か眼がさえてしまっていた。
何か異境の地に放り込まれたような妙な高揚感が働いてしまい、妙にアンバランスな気分だった。

少しロビィでゆっくりしてるか。
そう考え、コーヒーでも淹れようと身体を方向転換した時だった。



ベージュ色のソファに一人の少女が座っているのが見えた。
鷹梨愛だった。
その小柄な体躯をさらに小さくして、なるだけ表面積を小さくしようとしながらカップを持っていた。
その朧気な視線は暖炉を眺めているようで、しかしどこを見ているのか良く解らなかった。

「鷹梨、もう体調は良いの?」

背後から声をかける形になってしまった。
鷹梨もゆっくりと振り返ると、無理やり作った笑顔で、大丈夫ですと応えた。
大丈夫でないことは明確だった。
まだ疲れの方は取れていないな、そう直感した。
部屋に帰ってもすることは無い、一ヶ所でじっとしているのも億劫だったのし、それに鷹梨には言わなくてはいけないこともあった。
私は鷹梨の対面の椅子に腰かける。





鷹梨愛

出身は日本海側の、24歳。
肩まで伸びた絹のような髪。
その円らで力を持った瞳。
鶴井とはまた違った、フランス人形を思わせるような整った風貌に、芯の強さを感じる。
また幼いころにバレエを習っていたこともあり、舞台と言う限られた空間での表現力は確かなものだ。
表情、容姿、声の質、どれを持っても玄人はだしの一級品だ。
演技力も我々の中ではトップクラスだ。
間違いなく我が劇団の主力であり、近い将来核となる、いやなってもらわなくてはいけない人材でもある。
常々そう思っている。
しかし一方で、脆さが垣間見えるのもまた事実だった。
ダイヤモンドは美しい輝きを持ち世界一の硬さを誇っている、そうそんなダイヤモンだだからこそ非常にもろいのだ。
鉛やアルミニウムなどの比較的柔らかい金属と異なり、硬いがゆえに衝撃を分散できずに一ヶ所で受け止めてしまし、結果的にすぐ割れてしまう。
鷹梨はある意味ダイヤモンドだ。非常に脆く壊れやすい。
彼女は緊張や寝不足で体調を崩すことが多々あった。
徹夜明けの練習、連日の地方公演などでは必ずと言って良いほど体調を崩していた。
そこに劇団の代表ともなれば精神的負荷は計り知れないだろう。
それが今後の課題だろう、そうも思っていた。





「今回は悪かったわね。仕事沢山押しつけちゃって」

「いえ、大丈夫ですよ。他のみんなも忙しそうでしたし。それに私は全然余裕ですよ。ただここの所の疲れが一気に出ただけで・・・」

「辛いなら辛い、仕事量が多いなら多いって言ってくれても良いんだよ」

「本当にに大丈夫です、むしろ心配させてしまって申し訳ないぐらいです」

『ただでさえも鷹梨は我慢しちゃう子なんだから』
そう言えなかった。
言ってしまえばまた抱え込んでしまいそうだったから。
その憔悴しきった声が、逆に痛々しかった。
本人はそれで隠しているつもりだろうが、こちらとしては非常に危なげな印象しか受けない。
自分の内側へ内側へため込んでいるが、しかし表面は元気な「鷹梨愛」を演じているその様子が、非常に危なかった。

「およ、姫世もシエスタ?」

奥のキッチンの部屋から顔を出したのは知尻だった。
その両手には活発に湯気のあがるコーヒーカップがあった。

「『シエスタ』?」

「スペイン語で『一休み』ってことさ。姫世もこれ飲んでみたら」

「そう? じゃあありがと」

目の前に置かれたカップ、どうやら紅茶のようだ。茶葉の香りがしてくるが、それとは違う香りもまたした。
鼻孔の中で始める麦の風味。

「ウィスキー?」

「おっ。良く解ったね。その通り。いやね、こう寒い夜はさ、ちょっとお酒でも飲んで身体を暖めた方が良いってもんじゃん。紅茶に少しウィスキー入れるとおいしくなるって言うしさ。一回飲んでみたかたんだ」

「って事は何、ウィスキーも向こうにあったって事?」

「うん」

「勝手に?」

「そうなるね。だってしょうがないもん」

「まったく」

そうは言いながらもカップから漂ってくる艶美な香り。
こんな香りを嗅いでいると、「しょうがないかな」と思えてくるから不思議なものだ。
確かにこの山荘はその当主を失っているし、この緊急事態だ。
そう、マリアの言うとおり「しょうがない」のだ。
作品名:凍てつく虚空 作家名:星屑の仔