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Today.

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   ***

「今日、お前僕の夢食おうとしてただろ。夢の中に出てきたぞ」
 先日剃ったはずの髭が既に伸び始めていた。僕の大事な発明品の上にどっかりと座る貘が、吐き捨てるように言う。
「お前らの考えてることが分かんなかったから覗かせてもらっただけだ。ちょっと味見したけど、食えたもんじゃなかったぜ」
「僕以上に充実した夢を持ってる人間はそうそういないと思うんだけど」
 僕の言葉に彼が返事をしようとしたとき、背後で研究室の扉が勢いよく開かれた。僕以外の人でこの部屋に来るのは、もちろん笹本さんくらいだ。振り返って彼女に挨拶をしようと顔を見ると、彼女は真っ直ぐに、確実に貘の方を見ていた。
「何、……俺が見えてんの」
 笹本さんの手にはオルゴールがあった。姉がおばさんから譲り受けた、不思議なオルゴール。僕は、やっぱり、と思っただけだったが、貘には信じがたいことだったらしい。
「あなたが、邪魔してる人? 思ったより可愛らしいじゃない」
「カガクシャの友達にはろくなのがいねえな。俺のが次元が上なの分かってんの?」
 にやりと笑う笹本さんに、貘が口元をひきつらせながら言葉を返す。改めて貘の顔を見つめてみると、なるほど、秀麗な顔立ちをしているのかもしれない。築山が天使だとしたら、こいつは悪魔ってとこか。
「お前らは俺にお願いする立場なんだぜ? どうか研究を邪魔するのをやめてください、ってさ」
「僕らは研究したくてこれを作ってるわけじゃないんだ。知ってるだろ」
 貘が僕に視線を移した。彼は僕の頭の中を覗いたはずだ。なら、僕がどうしてこの研究に執着しているのか、なぜ貘を恐れないのか、全部知っているはずだ。
「……馬鹿だろ、お前。人間の時間が止まるなんてあり得ない」
 今度は笹本さんが歩み寄って、僕の隣、貘の目の前に立って口を開こうとした。笹本さんの目線より、貘の方がだいぶ高い。改めて、自分が大がかりな装置を作っていたことを感じた。
「あなたがどれ位把握してるのか知らないけど、彩香さんは医学的には植物人間状態よ。それなら、髪も爪も伸びるはず。そういったことが彼女の体で一切起きていないのは、時間が止まってるってことでしか説明が付かないわ。実際彼女は時間を止めることができた。……って言っても、あまりに現実離れしてるし、科学的じゃないけど」
 貘は興味なさそうに足下の機械を手でいじくっている。彼には試作品を既にいくつか壊されているので、今更止める意味はない。
「科学科学というけれど、科学なんて宗教と同じだ。正しいなんて一度も証明されてないし、現代科学で宇宙は理解できるか? 俺からしたら、そんな不完全な理論に縛られてるほうがおかしいね」
「それでもよ。私たちはそれに縋るしか方法を知らないんだから」
 不意に、笹本さんの声色が変わった。今までの余裕を感じさせる声ではなく、怒りさえ混じっているような、そんな声だった。
 貘は動じる様子もなく、笹本さんを見下ろしていた。
 笹本さんが、大事そうに抱えていたオルゴールをひっくり返して、底の板を外して、一枚の紙を取り出した。僕もいつか、彼女に見せてもらったものだ。
「彩香さんは、『今日を生きたい。生きて』……これだけ残してああなっちゃったの。私たちが、彩香さんを助けなきゃいけない。こんな研究どうでもいい、彩香さんの願いを叶えられるなら、手段なんてなんだっていい」
 貘に小さく折り畳んであった紙を開いて突きつける。薄く、震えた文字が透けて見えた。
 僕も笹本さんと同じ気持ちだった。明日やら今日やらの隙間に落ち込んでしまった姉を、僕らは救わなきゃいけない。姉の様子から考えるに、それは彼女の死を意味するのだろうけど。それでも僕は、彼女の言葉に従いたいと思う。そうして目的が達成できたとき、僕は安心して今日を生きられるのだ。彼女の願いの二番目が達成されることになる。
「俺には人間の気持ちは理解できないと思ってたけど、確信に変わったよ。カガクシャの姉ちゃんが何者だろうと俺には関係ない」
 腕組みをして、僕らを見下す。それはまるで僕らの関係そのままのようで、奴を装置の上から叩き落としてやりたくなった。
「関係ない?」
「関係ねえだろ。俺の興味は『夢』だけだ」
「忘れてないか、僕らが作ってるのは『夢を映像化して、脳に干渉する機械』だ。これを使って姉ちゃんの見てる何か……夢を解析する。そしたら何か分かるかもしれないから。その姉ちゃんの中では時間が止まってる。超科学的なことが起きてるんだ。お前が僕を邪魔する限り姉ちゃんは生き続ける。これって不都合なんじゃないの?」
 貘が少し表情を崩す。
「俺に不都合?」
「君にも、なんで私が君を認識してるのか分かってないんでしょ? 彩香さんのオルゴールにどんな力があるのかも、彩香さんの体で何が起こってるのかも全く分からなくて、ちょっとくらいは焦ってるんじゃない。……そんな不安因子なら、取り除いた方がいいはずよ。あなたはそもそも、人間があなたたちの次元に近づくのを邪魔するために来たみたいだし。放っておいたら、あなたの嫌いな人間のことだもの、彩香さんを利用して他の研究だって出てくるでしょうね」
 「取り除く」という単語に、背筋が震えた。僕らの行動は殺人幇助にならないのだろうか、だとしたら法というのは脆いな、なんてぼんやり思った。
 貘は暫く黙っていたかと思うと、音もなく立ち上がった。
「病院だ」
 一言だけ発して、姿を消した。
作品名:Today. 作家名:さと