before Today.
怜ちゃんが、砂時計ごと私の手を握った。そんなことをされるのは久しぶりで、指の震えも止まったような気さえした。
「それが、彩香さんの『明日』だね」
「……うん」
怜ちゃんが砂時計を手に取り、一息おいてから、砂時計を落下させた。
砂時計が床に着地するまでが、いやに長く感じられた。自分はまだ、このロスタイムのような空間に留まっていたかったのだろう。その選択をすれば、きっと、ずっとこのまま生きることができたのだ。そうしなかったのは、唯一ここにない時間こそが、私の一番大切なものを運んでいると知ったからだ。
あっけなくガラスが割れ、中の砂が白い床に模様を作った。この砂たちはやっと、「時」から解放されたのか。
「誕生日おめでとう、怜ちゃん」
「ありがとう、彩香さん」
世界が流れを取り戻し、微かな物音たちが耳に届くようになった。空気も人も、何もかもが自由に動いている、そんな風に感じた。
怜ちゃんは、部屋を後にした。ここにはもう、私しかいない。瞭は、今頃予備校にいるだろう。
私は改めて、耳を澄ました。普段なら聞き逃してしまう音やものを、一つ残らず掬いとりたいと思ったのだ。
風がざわめく。床が鳴る。空気が揺れる。活気が踊る。声が絡み合う。存在が音を立てて、影が歌う。陽は、眠りにつく。
誰もいなくなったこの部屋で、私はオルゴールの底に手をかけた。
作品名:before Today. 作家名:さと