before Today.
***
「あんた……」
部屋を後にしたとき、ドアの前に立っていた医師の名札が目に入った。研修医のようだが、問題なのはそこではない。
「笹本、さん」
「えっと、どちら様ですか? 彩香さんの……彼氏さん?」
ああ、やっぱり。どうして誰も僕を石田彩香の弟だと見てくれないんだ。
「……弟です」
眼前の女医はひどく驚いた顔をして、不思議そうに首を傾げた。
「失礼ですが、おいくつですか?」
「十九です。浪人してます」
「そうですか」
女医は、心ここにあらずといった感じで、僕の奥にあるドアをちらちら見ている。
「あの、笹本先生。どうして姉に、言ったんですか」
笹本さんは怪訝そうな顔をする。
「だから、姉の……先が長くないことをどうして言ったのかって聞いてるんです」
「あの、えっと、石田さんの主治医が大学の先輩で、先輩と病院を回ってたときに石田さんに呼び止められて。その時に……」
「言い訳がましいですね。そういうことって、身内に許可を取ってから言うのが常識でしょう?」
「すみません」
小柄な彼女は、僕を見上げて困ったようにはにかんだ。この状況で笑われたら普通は怒るだろうけど、今は何をされても自分の堪忍袋の緒は切れることはないような気がした。
「僕たち、そんなに似てませんか?」
「どうしてそんなことを?」
「先生にも間違えられましたが、最近、色んな人の言葉の裏に、僕たちは似てないって、姉弟じゃないみたいだ、っていうのが隠れてる気がして」
僕は何を言っているのだろう。面識もない彼女に、答えられるような質問じゃない。
「そうですか? 気付かなかった私が言うのもおかしいですが、似てると思いますよ。よく『何考えてるか分からない』って言われるでしょ。お姉さんにそっくりだと思います」
そう言われれば、中学高校と年を重ねるにつれてそう言われることが増えた気がする。大抵は、煙たがられる理由にしかならなかったけど。
「大学蹴ったときとかに……言われましたね」
「真面目に答えなくていいのに。……例え、血が繋がってなくても実の家族のように強い繋がりを持っている人は山のようにいます。それを恥じたり、責めたりすることはないと思うんですけどね」
この人は、もしかして知っているのか? 答えを探す暇もなく、彼女はその言葉を残してこの場を立ち去ろうとした。
「姉を、知っているんですか」
彼女はこちらに背を向けたまま、喋り始めた。僕なんて眼中にない様子だ。
「『明日』って、どこにあると思います? 彼女の掌です」
「答えに、答えになってないです!」
「じゃあ『昨日』は? 全人類の掌の上です。じゃあ彼女はいつを見て生きればいいの? ……あなたは、分かってないよ」
意味が分からなかった。どうして他人のあんたに分かったようなことを言われなきゃいけないんだ。そう叫ぶはずだったのに、口が動かなかった。
振り返ることもなく、彼女は力強く去っていった。
作品名:before Today. 作家名:さと