ふたつ
「朝ですよ」
その声が ボクの腕の中で ひっそりしゃくりあげていた声でも 声を殺して泣いていた声でもなく、透き通った明るい声だったことに安心した。
たぶんボクが ウォークインクローゼットの奥でまつ毛を濡らし眠っているキミを見つけたことに気がついているだろう。
だけど、ボクを不安にさせることは少しも表さないで いつもの無邪気なほどの笑顔でボクを見てくれている。
そんな 強がりを何処で覚えてきたの? もっと甘えていいんだよ。そう言ってあげたかった。
「今日は、何をして過ごす?」
「でも、お仕事は?」
ありがたいことに ないわけではないのだが この事があって少々ペンが止まっていた。
「まずは、起きてからだね」
「お目覚めのキッスは? して欲しい?」と顔を近づけるキミに「イラナイ」とボクは返した。
キミの膨れた顔が 笑みに崩れていく様子が また可愛かった。
「して?」と言うボクに「シナイ」とキミは仕返しをする。
ボクが拗ねたって きっと可愛くも何ともないだろうと 呆れて笑えた。
ボクは、キミを包むように掛け布団を捲りあげると ベッドから起き上がりその部屋を出た。
「こらにゃん、何をするぅー」
そんな声を背中で聞いて、ボクはにんまりしていた。
リビングの扉を開けると、珈琲の香りがした。
湯を沸かした所為なのか、エアコンの温もりがまだ残っていたのか、部屋には ほんのり暖かさがあった。
キミの居場所の卓袱台の上に ふたつのマグカップが置かれていた。その中には、もう湯気の上がらない褐色の液体。おそらくは、インスタント珈琲が入っているのだろう。
(珈琲淹れて 起こしに来てくれたのか)
ボクは、とりあえずリビングを出て洗面所へ行き、顔を洗った。
水は、まだ冷たく感じたけれど、ぼんやりしていた気持ちが すっきり晴れるようで何度も洗った。ふうーと顔を上げ、洗面台の鏡に映った顔は、引き締まったわけでもなく いつもと同じ顔だったことに苦笑した。
洗面台に置かれた二本の歯ブラシと髪留めが、キミがいることを実感させた。