D.o.A. ep.44~57
驚天動地の出来事である。
それは紛れもなく、ライルの訴えに対する回答だった。
どこかで誰かがふざけているのかと疑ったが、ティルの鋭敏な感覚に、三者の他の気配は感じられない。
つまり、猛獣が、人間の言語をあやつっている。
聴覚ではなく、頭にじかに響いてくる、不可思議な声だった。
猛獣の割に、いやに低く落ち着き払っている。
音だけ拾えば、老紳士と相対しているようだ。
『答えはただひとつ。貴様が、よくないモノだからだ』
ただし、その内容は無礼千万だった。
突然襲いかかられて、わけを問えば、他人のことを疫病神扱いである。
ふと、ここに流れ着く前のことがよみがえった。
喋った事はおろか、会った事もないはずの、白甲冑のロウディアも、ライルをひどく敵視し、いきなり殺意を顕わにした。
あの男がどんな理由で悪意を抱いたかは知るよしもないが、原因は薄々わかっている。
「……また、“アライヴ”か」
ライルにさえ、何がどうなっているのか、理解できないというのに。
遠い地においてさえなお、そのよくわからないもののために、自分は疎まれつづけるのだろうか。
無意識に、心臓のあたりを強く握りしめていた。
『この島へ来る者を、私は拒まぬ。助けはしないが、受け容れて、自由を許そう。
だが、貴様だけは、駄目だ。よくない運命を持ち、ゆえにこの世から消えるべきモノだ』
「――――、ッッ黙って聞いてりゃ、べらべらべらべら…!」
湧き上がったのは、寂しさや悲しみではなかった。
激しい怒りと、抗心だけが、燃え上がるように胸の中で渦巻く。
「アライヴだかよくないモノだか、そんなもん知るか!
他人の体に勝手に棲みついてる寄生虫みたいなヤツに、俺の人生左右されてたまるかよ!!」
怒鳴りかえしながら、岩壁に手をかける。そして岩肌をつかんでよじ登りだした。
「そこで首洗って待ってろ!!たたっ斬ってごめんなさいって言わせてやる!」
計画性もなく岩肌を登りつづければ、大抵おちいるであろう可能性を、ライルは頭から捨てていた。
捨てていたので、ぎょっと目を剥く。
次に手をかけるべき場所が、見つけられない。
途方にくれかけた彼を、黄金の獣は頂上から一瞥すると、今度こそ方向転換した。
正体もわからないままとり逃がせば、またいつなんどき襲われるかおびえなければならない。
「待て……!逃げるなッ!!」
力の限りがなりたてて、つい岩肌にかけている足をすべらせた。
更に悪いことに、右手でつかんでいた岩肌までがごろりとくずれる。
必然的に、体重を支えるものは、おのれの腕一本、という、なんとも不安定な状態になっていた。
「クソッ、こら待て!!お前はなんだ!一体何者だ!?」
『……誇りある我が名は、レオンハート。短い間だが、記憶に留めおくがいい』
「ばか違う、名前なんか訊いてねー、俺が知りたいのは、」
壁に叩きつけた右手が、偶然岩肌に突起を探り当てる。
それを頼りに体勢を立てなおし、今度は運良く頂上までたどり着くことができた。
が、当然あのまばゆいばかりに美しい金色の巨躯は、どこにもなかった。
完全に骨折り損だった。
崖の上は、黒々とした森林が構えており、とてもではないが夜に入っていく気にはなれない。
あの奥には何があるのだろう。
後ろ髪引かれつつも、もはや出来るコトはなにもないとさとった。
降りは、ついさっき獣が活用した岩場を使いつつ、慎重に降りていく。
はたして大地に足の裏がついた瞬間、疲れがどっと全身にきた。
額ににじんだ汗をぬぐい、息を吐く。
作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har