D.o.A. ep.44~57
その状況は、高い崖の下で繰り広げられていた。
崖を背にする金色の巨躯には、幾本もの矢じりが深々と突き立っている。
だが、それをものともせず、上体をわずかに屈め、隙のない戦闘体勢をとっている、獣。
対するのは、長弓をかすかな揺らぎもなく構え、目標である獣に矢じりの先をぴたりと定めている、青年。
距離は10メートルほど。
弓矢を得物とする青年は言うに及ばず、獣の方も一息でつめられる間合。
両者は息をつめ、互いを睨みあい、対峙していた。
微妙な動作さえ、夜にそぐわぬ光の下では白日にさらされているも同然だった。
緊迫が満ちている。
そこへ、
「……お前…ティル…?」
背後からかかった第三者の声に、青年は―――ティルバルト=ソーティックは、集中を欠いた。
呼吸が、脈拍が、戦いのものから乱される。
それを知った声であると、脳が認識するより前に、けだものが跳んだ。
ただし、予想外にも、獣が跳んだ方角は、狩人側ではなかった。
ザッ、と高い崖にいくつも突き出た岩場を利用し、その頂上目指して、瞬く間に飛び移っていく。
流石に、そんな速度で上へ上へと移動している標的を射殺すのはむずかしい。
ティルは弓を下ろし、舌打ちして崖の上を仰ぎ見る。
既に頂点へ足をかけた黄金のそれが、こちらを睥睨する姿は、まさしく王者の風格があった。
踵を返し立ち去るのかと思いきや、眼下に二人をとらえたまま、動かずにいる。
第三者・ライルは、崖下まで駆けていき、キッと睨めつけた。
「おいお前、なんで俺に襲いかかった!?ジャックは受け容れて、俺はダメなのか!
俺の何がそんなに気に入らない?言え!」
感覚的には二日ぶりほどか。
相変わらずの様子に、ティルは呆然と彼を眺めた。
そんなことをけだものに詰問したって、返答があるわけがない。
『―――確かに、理由も知らせず殺すのは公平ではなかったな。その点は謝罪しよう』
作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har