D.o.A. ep.44~57
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「よー。おげんきー?ミイラくん」
開口一番、妙な呼称で話しかけてきたのは、見知った男だった。
そう呼びたくなる気持ちはわからないでもない。見事なまでのぐるぐるまきだ。それでも、少しむっとする。
「ああ…二日酔いの人」
「そ、れは、…忘れてくれよ」
「だって、それ以外の印象がない」
「イヤイヤ!あんでしょ?ピンチにカッコよく駆けつけて無双しまくった素敵な傭兵さんとかさぁ!
…あ、あん時いなかったな。なら仕方がナイよネ」
部屋にずかずか入ってきたと思ったら、ぺらぺら喋りながら椅子を持ち出してベッドの傍らに陣取りだした。
「あのな、決してオレが酒に弱いんじゃねえの。ここの連中が異常に強いだけだかンね。さあさあ、わかったら、ゲロってたオレを速やかに脳内からカッ消すのだ」
「だったらそっちもちゃんと呼んでほしいよ。ミイラくんってなんだよ」
「だってオレ、おめぇさんの名前知らねーもの」
背もたれを逆にして、腕と顔でのしかかりながら、ん、とうながしてくる。
もとはといえば、ミイラ呼ばわりするから意趣返しのつもりもあったのだが。
「ライル=レオグリット。ロノアから…飛ばされた?まあ、そんな感じ」
「ロノア…」
「知らない?」
「…ずいぶん遠いな。あの青い兄ちゃんも同じ出なワケ?」
「いや、ヴァリムは、違う、のかな…?」
訪れた後で聞いたことなのだが、あの集落の住民は、ロノア国民とはみなされていないらしい。
ロノアが受け容れないのか、ヴァリムが拒んだのか、おそらく後者だろう。
そう思わざるを得ないほどに、彼らは閉鎖的で排他的だった。
ティルなど、愛想が悪いように見えて、あの集落の中では友好的な部類なのかもしれない。
「グラーティス=ハイズ。今はアルルーナまで乗っけてもらいながら雇われてる、フリーの傭兵さ」
「! …じゃあ、船長が言ってた、アルルーナで降りるのって」
「そそ。その上、レニシア共和国目指してんだってな?」
「…まさか、そっちも、レニシアを?」
的を射たように、瞳がきらりと光ったような気がした。パチン、と指を鳴らして親しげに椅子ごと体を寄せてくる。
「チェスト!ぼっちゃん理解がお早い!旅は道連れ世は情け。一緒に愉快な珍道中しない?
自分で言うのもアレだけどさあ、パーティに一人はいてほしい熟練者じゃねえかと思うワケよ。どう、悪くねえ話でしょ」
「え…それは、ちょっと…やだ」
どことなく詐欺師的な胡散臭さを覚えはじめた。
同じ所で降りるのはともかくとして、目的地まで同じなんて、ちょっと出来過ぎてやしないか。
もし、この男がクォードの手の者であったら。
我ながら猜疑心が強すぎかと自己嫌悪に陥らないでもないが、それほどクォードの白甲冑がトラウマになっているようだ。
「おめぇさん意外に疑り深いネ。青い兄ちゃんはオッケーくれたぜ?」
「もう交渉済みなのか…」
「(どうでも)イイ、って。こう見えて百戦錬磨だし、足手纏いにはならねえよ」
いい、の前に何か含みがあった気がしてならないが、ティルがそう言うなら、とぐらぐら揺れる。
ライル以上に疑り深くて、警戒心が強くて、他人を見る目が厳しそうな彼が認めたなら、と。
それに、アントニオ船長に雇われている男でもある。
大事な船の中に、信用できない人間を許容しているとも思えない。
「なんで一緒と行きたがるんだ。面倒な事情抱えてるかもしれないぞ」
「イイねー結構結構。オレ、厄介事に首突っ込むのだーいすき」
「…そういう、軽々しいのじゃない。本当にキツくて、命に関わるような、」
反論は途中で止まった。戦う固い手のひらが、ライルの頭を撫でている。
「―――言ったろ?オレ百戦錬磨の傭兵だぜ。命懸けの面倒事なんざまとめて任せとけ」
その表情が、さっきまでの、ニヤニヤとした胡散臭いものではなく。
不覚にも頼もしさと、なぜか少しばかりのなつかしさを懐いてしまい、うっかり頷きかけた。
「ほ、絆されるか!全然ハイズさんの手に負える話じゃないんだっ」
「んだよぅ、ハイズさんって。めちゃ他人行儀。哀しくなっちゃう。いいもんね、片方は許可くれたし、勝手についてくもんね」
「なッ…いい歳してもんねとか痛……ッつぅ!」
怒鳴っていたせいか、俄かに傷が痛みだした。
もともと意識があるのがおかしいほどの深手と診断されていたからこそ、捜索に参加できず、床上で気を揉んでいたというのに。
「すまねーな。おめぇさん怪我人だっけ。あんまりに活きがいいんでちっと調子に乗りすぎたわ」
「い…いいよもう…悪いけど出てって…」
痛む箇所を押さえつけながら、涙目で訴える。が、グラーティスは立ち去ろうとしない。
頭に疑問符を浮かべていると、痛みに丸まった上半身を、そうっとベッドに横たえられる。
「詫びっちゃあなんだが…」
ゆるく上げられた彼の両手が、淡い光を帯びる。これは―――知っている。
「治癒術(ヒーリング)…?」
「あんま巧くはねえけど、気休めくらいにはなんだろ。ジッとしてなさい」
光る両手を包帯の上にかざす。
正直リノンに比べれば効力はお話にならず、この腕なら小さな切り傷を塞ぐのが精々だろう。
それでも、光はひたすら、あたたかくて優しい。
無性に切ない気持ちになって、目の前がぼやけた。
「…リノン」
茶化すこともなく、グラーティスは黙して、ひたすら淡い光でライルを照らし続ける。
それに安らぎを覚えて目蓋を下ろすと、こめかみに熱いものが伝った。
10日あまり捜索し、ジャックのついでにと頼み込んで、昨晩から海賊団総出で探してもらった。それでも成果がない。
もはやこの島にいる可能性はゼロに等しい。
今頃どこで何をしているのだろう。何を見て、何を聞いて、何を思っているだろう。
もしも辛い目に遭って傷付いていたとしたら、寂しくて心細くて泣いていたとしたら、一刻も早く彼女を助けに行きたい。
話がしたい。笑ってほしい。呆れてほしい。怒ってほしい。―――とにかく、会いたかった。
「会えるさ」
まるで、たった今の胸中を読み取ったかのように、グラーティスはぽつりと零す。
それ以降語らいはなく、ライルが眠りに落ちるまで、彼はその手を休めなかった。
作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har