D.o.A. ep.44~57
「ふーん。ほーお。召喚術(サモン)なあ」
豪奢な椅子にふんぞり返って、カップを傾けながら、アントニオ船長は脚を組みかえる。
「と、いうわけで。レオンハートは諦めなってハナシよ」
正面のソファで、我が物顔に寛ぎきっているグラーティスを見据えた。
「召喚術で異界から呼び出された幻獣の触媒が幻の宝石レオンハート。
んで、還すのに失敗して滅亡した、メアイ王朝の伝承は本物だったってことさなあ、興味深いね」
カップの中身で、唇をぬらす。
「で、あのケダモノは消えちまったんだろ?その時、触媒の宝石も消えんのさ」
ローテーブルに載ったソーサーにカップをのせて、ブランデーケーキを口に放り込んだ。
流石に旨い。いいモンいつも食ってやがる、とちょっとばかり嫉ましい。
「ふ、ふふははは…」
突如眼前の男が、空々しい笑い声を立てはじめたので、グラーティスはぎょっとして噴出しそうになった。
そのまましばし笑い続けていたが、止まったかと思えば、頭をがっくりと抱える。
「一攫千金の夢が…儚くついえたか…」
か細くつぶやいて、宝石の詳細について書かれた羊皮紙を乱暴に引き千切って背後へ放り投げた。
ひらひらと舞うそれを手に入れるのに、大枚をはたいた。それもこれも、数百倍の見返りがあると睨んだからだ。
「くっそー!推定いくらの値がついてた思う!?20億やぞ!20億!!いろいろ計画しとったのにッ!全部オジャンや!」
「地道に海賊活動しなさいって、カミサマからの啓示じゃあねえの?ケケケ」
神などいかにも信じていない、意地の悪いニヤつき顔で返すと、よっこらせ、とソファから立ち上がる。
「んじゃここいらで失礼。あいつ…あのボーズ、ちょっくら見舞いたいんでね」
「ああ、そいや、あの子も、あんさんと同じでアルルーナで降りたいゆうてたな」
「…ま、ご挨拶もかねて」
大怪我人やからあんまり無理させんな、と声をかけた背が船長室の扉を開いたと同時、ばったりと青年に出くわす。
「…あ。ども」
「オッス、邪魔してたぜ。じゃな」
そのままグラーティスは退室し、ジャックは船長室へ足を踏み入れた。
先程までグラーティスが寛いでいたソファを顎で示すと、緊張した面持ちで肩幅を狭め腰を下ろす。
「一度ならず二度までも、ご心配とご迷惑おかけして…」
「いやいや、それは一度や二度の数ではきかんなあ」
アントニオ船長は、はっはっは、と鷹揚に肩を揺らす。
「外で散々どやされたやろ。俺から怒ることは特にあらへん」
「はあ…」
「自重せえ、ちゅうつもりかてない。まあ…利口とは言えんけど、お前かて一丁前の男やからな。
たった一度きりの人生や、他人のために好きに出来んなんてつまらんからな」
顎鬚を撫で下ろすアントニオ船長が、ふ、と眼帯に覆われていない目を細める。
「たとえそれが世の中から見て善いことでも悪いことでも、誰から文句言われても誰にも理解されんかったとしても。
お前が心から望むことなら、その心に従え」
選択を迫られれば常にいさぎよく決断し、それに付随する何もかもを背負ってきた。
自由と責任をこれほど両立させた男を他に知らない。
団員すべてを、親のように、兄のように包容する。
自分のような下っ端一人一人にさえ、深い情を持って受け容れてくれる。
どんなに迷惑をかけても、見放さないでいてくれる、得がたい人。
ソル神の教義を体現する人。
この男こそ、ジャックにとって、ずっと届かない理想だ。
「けど、他人でも、お前のために必死になる奴もいるし、泣く奴もいる」
「…はい」
彼は豪奢な椅子から立ち上がり、窓辺に近付き押し開いた。
潮騒と潮風と熱気が入りこんでくる。
そして、仲間たちのにぎやかな声が。
「そいつらに恥ずかしいと思う生き方だけは、してほしないけどな」
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作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har