D.o.A. ep.44~57
「そやキミ、なんか初めて会った時にいろんな人の名前、叫んどったね。はぐれた友達?」
枝を選別していると、背中に疑問が投げられる。
「…友達、って言うか」
二人と、エメラルダとレーヤを思い浮かべた。
後者は恐らく、ここにはいないだろう。
「リノンって言う緑色の肩までの髪の女と、ティルバルトって言う水色短髪の耳長男、なんだけど…見たこと、ないか…?」
わずかな期待をにじませながら、最後のほうはつぶやくように訊ねてみる。
「いや、悪いけど…ないな。この島で誰かに会うたん、キミが最初」
「……そう、か」
恐らくジャックの態度からして、ないだろうなと予想していた可能性は、はっきりと言葉でうちくだかれ、存外に落胆する。
「まあ、キミと同じように、この島のどっかに流れ着いとるかもしれんし、そんな落ちこむなや」
「…べつに、落ち込んでなんかない」
「俺も、人いっぱいおるほうが嬉しいし。明日から一緒にさがそ」
汗をぬぐいつつ、適当な木の枝を山に積み上げていく。
「…人数がいれば、あの獣も倒せるかもしれないな」
ぽつりと零す。
すると、背後でしゃがんでいたジャックが、突然立ち上がった。
「―――――それはあかん!」
珍しいくらいにきっぱりとした反対に、ライルは面食らう。
あの猛獣のおかげで、こうしてまた隠れ家を作るはめになり、島内での身の安全もおびやかされているのだ。
害獣を駆除したいという考えの、一体何が悪いというのか理解できず、ジャックを振り仰ぐ。
「…あかんよ」
彼はどこか泣き出しそうな目で、唇を引き結んでいる。
「なんでさ。実際、あの猛獣に襲われただろ。もう少しで顔面ズタズタだぞ」
「それは…きっと、深い理由があるにきまっとる」
「どんな思い入れがあるか知らないけど、俺たちがこの島で生き延びるためには…」
「――――あいつは、俺を救い上げてくれた、命の恩人なんや」
諭すような言葉をさえぎって、彼は、流れ着いたときのことを回想する。
足の付き場もなく、周囲に陸地もないところで、ひとりぷかぷかと浮かぶ。
はじめはなんとか助かろうと、大洋の中、文字通り足掻いた。
しかし、その気力は、そう長く続くものではなかった。
なにより彼を追いつめたのは、圧倒的な孤独感だった。
このまま、誰にも知られず死んでいくことも、死んだことさえ誰にも知られないであろうことも。
他人に囲まれ、賑やかな日常を送っていた彼が、はじめて体験する恐怖だった。
助けなど容易にこないことは知っている。
自分の末路は、飢えか、渇きか、それとも海の生き物の餌となるか。
どうせ死ぬなら、意識がないうちがいい、と諦めた。
ゆっくり目蓋を閉じて、気を失っていった。
しかし、無意識で、何かたくましいものに負われ、揺れていたような気がしていた。
「…目ぇ覚めたら、砂浜に寝てた。んで、いきなりあいつのどアップ。じっとこっち見下ろしてきてな、食われるおもたよ。
あいつどう見ても獣やもん。でも、すごいキレイでな、太陽みたいやって思った。
動けんくらい弱ってたし、こいつの栄養になるんやったら、別にええかって」
だが、目をそらせなかった。
物言わぬ金色の獣は、ジャックに、生きろと、その双眸で強く、厳しく、訴えていた。
幻聴ではない。願望のせいでもない。
――――あの時確かに、ジャックは、獣の心を聞いたのだ。
ざらりとした感触が一度だけ頬をすべり、喉がふるえた。
なぜか、助けて、ではなく、彼の故郷の言葉が。
獣を一目見たとき、真っ先に浮かんだもの。――――ソル。
何度かその言葉をこぼし、力なく笑った。
して、幾ばくかもしないうちに、ぽつぽつと雨が降り、やがてそれが強くなっていった。
それが奇跡のような天候だと知るのは、もっと後のことであったが、とにかくバカみたいに口を大きく開いていた。
覚醒したら、体がずいぶん元気をとりもどしていた。
あの金色の獣の姿は、今日にいたるまで目にしたことはない。
島を歩き、隠れ家をこしらえ、食い物を集め、夜を数えて生きていた。
助けの船をさがせど、それは日々徒労に終わる。
そんな毎日を繰り返すうち、自然とこの島で一生暮らす気持ちに定まっていったという。
「…キミも、もしかしたらあいつに助けられたんかも知れんね」
まさか、と口をついて出そうになった否定は、ジャックのやさしく細められた瞳に、引っこんだ。
作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har