D.o.A. ep.44~57
「俺、お前が好きや」
『………』
「好きやから、お前が傷付くと、つらい」
ひどく面食らったように、言葉をつまらせている。
心なしか琥珀が驚きに満ちているような気がして、意外と豊かな表情がいとおしくなった。
好きだと伝えたのは、自分が初めてなのだろうか。
だとしたら、とても哀しいし、寂しい。
誰も恨まず、己が身だけを呪うような優しい獣が、誰にも理解されず、こんな誰もいない場所で孤独に生を終えようとしていたのだ。
「お前と遇えて良かったって、心の底から思う。
誰がちゃうって言うても、俺は言い張る。お前の生には、価値があるって」
肌に感じる冷たさは、次第に儚くなっていくのがわかった。
『多くの不幸をもたらしてきた悪だとしても、お前を救ったという一の善が、存在を容認する根拠だとでも』
「なんて文句つけても、俺はお前のこと全肯定するからな」
『…理解に苦しむ』
心底呆れたように、琥珀を伏せる。
「誰も救えん一生が無意味や言うんやったら、誰かを幸せにしたいって…そう思い続けてきたんやろ」
今まで誰もせずにいたのなら、ここで一生分の肯定をしたい。
もうすぐ消えてしまうのだとしても、彼は最後の最後まで言い続けようと思った。
お前の一生が無意味で無価値なんて、そんなことは絶対にない、と。
その気持ちが、少しでも届いて、胸の内の空をわずかでも埋められたら、そう願う。
「…俺にとって、ソルは、お前やった」
『私は、レオンハートだ』
出会った時にそう思い込んでしまって、ひとつきそう認識していた。
そのせいで本名を知っても、そう呼ぶ癖が抜けなかった。
けれど、やはり間違いではなかったと確信する。
「ソルってな、俺の、ふるさとの言葉……太陽。希望の神様。 お前は、…俺だけの、太陽やった」
生きろと訴えてくれた存在そのものを、太陽だと感じたのだ。
強い光できっと灼けてしまうと信じ、神聖視して、話しかけることさえ恐れ多かった。
けれどそう遠ざけていたことが、今になってひどく悔やまれた。
たとえ灼けてしまっても傷付いたとしても、もっと早く、こうしていたら。
「…でも、もっとはよ…こうやって抱きしめたらよかった。伝えたらよかった。お前はずっと、ひとりぼっちやったのに」
冷たい体を、熱をわけるように抱いた。
すると、その冷たささえ希薄になって、ああ、いよいよかと体が震える。
そっと体を離すと、徐々に黄金が透けていく。
『今…わかった』
体が透けていくと共に、気分もひどく透明になっていく。
今なら、長らく頑なに凝り固まった絶望の澱から、たった一匙混じった違うものすくい上げて認められる気がした。
『私は、…あの少年に、屈してほしくないと、どこかで望んでいた』
彼を殺すことができたなら、レオンハートに鬱屈した感情から生まれた小さな自己満足が、わずかに満たされただろう。
そして、今と同じように、この身は程なく露と消える。
少年は屈し、自分は間違っていなかった、と。
呪われた宿命を持つものに、希望など無いと、底なし沼に沈むような悲嘆に呑まれながら。
だが、彼は言った。もう、どんなに否定されても迷わずにいられると。
はっきりと断じた顔を見ていて、胸が焼け焦げるほどの苛立ちと―――かすかな光が灯ったのを覚えている。
そんなことができるはずは無い。
世界から疎まれたものに輝かしい未来など無い。
いつか必ず悔いる日が来るはずだ。
けれど、もしも。
もしも、その不屈をつらぬくことができたら、―――運命を克服できるのではないか、と。
そんな夢のような思考が、わずかに顔を覗かせて、気付けば、胸をつらぬかれていた。
心の奥底で、あの少年に、抗ってほしいと望んでいた。
何もかも諦めて明日のない自分を、希望を持って明日を生きたいと望む意志が凌駕してくれたら。
それは、レオンハートにとって、何にも勝る救いであるのだから。
全く無意識に、救われたいと、希望を求めていたらしい。
こんな時になるまで、気付けない己を笑ってしまう。
言葉にはすまい。
自分をここで超えたとはいえ、彼の未来は、それが訪れるまで暗雲に閉ざされている。
けれどこの先、どんな困難に出会っても、望む未来をつかむために走っていくだろう。
もしも成就することなく道半ばで倒れたとしても、最後まで足を止めることは、おそらく無い。
その旅路の果てが、どうかよきものであるように、と、初めて、祈った。
『絶望的な運命は、覆せると思うか』
「……明日が、どうなるか、誰にもわからへんよ。でも、せやから未来には、希望があるって信じて、手を伸ばし続けられる」
『…その言葉…一考に値する』
作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har