小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

D.o.A. ep.44~57

INDEX|47ページ/55ページ|

次のページ前のページ
 



水の音がする。
ぼんやりとした頭が、すこしずつ自分の行動を思い出させる。
黄金の獣と共に、滝壺へ身を投げた。
無我夢中だった―――自らのことなど忘れるほどに。
ライルがとどめを刺そうとしているのがわかって、それはイヤだ、と、頭より先に体が動いていた。
戦いを見届けようなどと思ったくせに、レオンハートが死ぬのもイヤだった。
自分など生きているべきではないと、そう自らを呪う孤独に寄り添いたいと願った。
伝えたいことはたくさんあって、上手く言える気がしなくても、10分の1でいいから訴えたい言葉があった。

―――目を開く。
頬が温く濡れていて、泣いていたのだと気づいた。
視界には木々が生い茂り、木々の隙間に白んだ空が見える。
滝の音は聞こえないので、かなり流されたであろう川辺に、仰向けで倒れていた。
感覚としてはついさっき滝に飛び込んだつもりでいたが、あれは確か夕刻だ。
日をまたぎ、太陽が地平線で出番を控えている。夜明け前らしい。

「…ソル…?」

そう、声に出して、意識がはっきりしてきた。
ズタズタに傷ついている、あの黄金色の巨躯を目が探す。
果たしてそれはすぐに見つかった。
彼より少し離れた場所で、それは傷だらけでもしっかり立っている。
それなのに、儚い姿に見えたのは、きっと気のせいではない。
がばっと身を起こし、ジャックは獣に駆け寄った。
「………」
そして、あるところで足を止めてしまう。

ネイアを救出に行く前の晩の、浜辺でのことが脳裏をよぎる。
黄金の獣が神聖で、近寄りがたいと感じていた自分を―――頭から放り出して、静かに歩み寄る。
あの時、遠慮なく近寄って話しかけていたら、何か違っていただろうか、などと考えながら。
琥珀はこちらを映していないが、拒絶の意思も感じなかった。
一歩、また一歩とすすんで、ついに手を伸ばせばその毛並みに触れられるところまで来た。

「…な、また、助けてくれた?」
『………』
「ずっと礼、言おうと思っててん。ありがと、な」
ひとつきちょっと前から。
そう、口に出さずに、微笑んで見せる。

『…あまり寄るな。じきに消えるとはいえ、身体に障るかも知れん』
「え…?」
『あの少年を消すには、最後の機会だった。そして敗北した。
意味の無い生を、最期で挽回する腹積もりだったが…』
頭の中に響く低い声色は、穏やかな凪のようだ。
『結局私の生は、多くの者に悲しみを撒き散らしただけだった』
憎悪は無い。悲嘆も、痛みも、激情も、遥か遠い。
空っぽであろう胸中が、なによりジャックには耐え難かった。
「…そんなこと、言わんといて…」
琥珀に、涙声をふりしぼる青年が映りこむ。
「出会った人、誰も彼もみんな幸せにできんかったら、…それで、生きてる意味ないって、そう言うん?」
『お前に、私の生は、理解できまい』
「…お前がどんなふうに生きてきたかなんて、関係あらへん。俺…俺と出会ってからのお前しか知らん、から」
『多くの人を不幸にし、国を滅ぼした。物言わぬ生き物だけがいる島を幾つも食い潰した。私さえいなければ』

「もう、いい!もう自分のことこれ以上悪く言うんやめてくれ…っ!」

最後の一歩を、つめた。
黄金の体をぎゅうと抱きしめ、毛並みに顔をうずめて、咽び泣く。
温かいはずの毛並みは、予想と違って頼りないほど冷たい。
この世のものではなく、もうすぐ消えるという事実を、その冷たさでまざまざと理解し、また涙が溢れた。
それを拒むでもなく、しゃくり上げる背をレオンハートは見つめていた。

『お前は、いつも、そうだな』

ふと、レオンハートが語りかけてくる。
自分だけで完結する言葉以外に、ジャックという相手に話しかけたのだ。

『そのように泣く。必死になる。…お前にとって、私は、いったい何だ?』

顔を上げ、流れる涙にも構わず、レオンハートのことを思い返す。
あの日、乾きながら人知れず死んでいくのだと何もかもを諦め、絶望したとき、救いの手を差し伸べてくれたことを。
明日を諦めた自分に、生きろと、二つの琥珀色が訴えてくれたことを。
「明日は…誰にも、わからへんって、せやから、生きろって…教えてくれた」
誰もいない島で、たとえこの先一生誰にも会えないとしても、諦めまいと思った。

「海から、俺の心ごと、引き上げてってくれた。
あの一ヶ月、死にとうならんかったのは、お前が、明日をくれたからや」
『…ほんの気紛れで、ずいぶん恩を着せてしまったものだな』
ジャックはその声にかぶりを振る。
そう、恩があるとか、そういう理由で泣きたくなるのではないし、必死になるわけでもない。


作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har