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D.o.A. ep.44~57

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『無知のまま流され続けざるを得なかった貴様の境遇を、私は憐れむ。最期に善意を見せたくなるほどにな。
来世があるならば、…まっとうの人間になれ』

レオンハートは、その時、ライルに強い感情があらわれるのを見た。
その身に宿る魔のおぞましさを知り、困惑に揺らいでいた淡い緑が、雄弁に反抗する。
奥歯をきしむほど噛みしめながら、少年は今までにないほどの強い瞳で、レオンハートを仰ぐ。
それに、苛立った。
なぜ、自己の正体を知りながらなお、レオンハートに反論できるというのか。

『貴様の運命の責任が、貴様にないことには理解がある。
それでも、生まれ落ちた瞬間から、この世で生きる資格がないモノもいるのだ。
それが貴様であり…私だ』

「―――違うっ!!」

彼の瞳の中で息づいていたものが、思わぬ方角から大声となって響いてきた。
レオンハートはライルの体を押さえつける力をより強くする。
そして、声の方角へと琥珀を向けた。
目の前の相手だけに意識を向けている間に、崖下での戦いが終わってしまったようだ。
バンダナが風に吹かれて揺れる顔を、レオンハートは見知っている。
1ヶ月余り前、海から掬い上げた異郷の青年。

「ジャック…?」

ライルがつぶやいたことで、名は今、初めて知った。
親しくなる必要もないので、言葉を交わしたことさえない。
しかし、この青年は、今までなにがあっても決してレオンハートに敵意を向けてくることはなかった。
そんな男が、一体この場に何をしゃしゃり出てきているのだろうか。
崖を登ることに相当の体力を消耗したようで、喘鳴じみた呼吸を整えている。
「…ッ、ジャック、なに、しに…」
「なあ、なんでや…! 俺にはわからん、なんでお前と、ライルくんが争う必要があるんかが!!」
抗議をさえぎって、彼は胸のうちに渦巻くものを放った。
それを場違いなものとでもいうように、無言で視線をはずすレオンハート。

「お前は優しいヤツやろ!そんなお前が、なんでライルくんのこと、そないに傷つけるんや…」
『………』
「頼むから…もうやめよう、こんなこと…!」
取り付く島も無い態度を示されても、ジャックはあきらめずに訴え続ける。

「ライルくんはおかしいヤツなんかやない、俺はよう知っとる!そんな、殺し合いせんならん相手とちゃうやろ!?」

『…なにが違うものか。この男はこれから先…否、今までにも、多くのものを破滅させてきたはずだ。
この男も、私も、そういうたぐいのモノだ。この世に混じった不純物だ。無数の運命を破綻させる忌むべき魔だ。
決して、決して、この世で生存を許されるものではない!!』

眼前にて吼える。
頭の中に響く声は、もはや老紳士ではなく怨嗟にまみれた亡者のようだ。
レオンハートは、ライルを罵倒しながら、自身をこの上なく呪い否定する。

『この場だけが荒れ果て死んでいるのを見ただろう。これが、異界のものが留まる代償だ。異なる世界との軋轢だ。
幾千もの時をかけて生命を無為に食い潰す私と同質…否、遥かに凌ぐモノが、目の前にいる』

そんなものを、むざむざ生かしておく道理があるか、と。
自己の行いは、一片の曇りもなく正当であると言いきった。

「そんな…、そんなん…おかしい…、俺は…」

ジャックには、レオンハートの話の意味が半分もつかめていない。
ただ、彼にもわかるのは、レオンハートが絶望の海に呑まれているということだった。
もはやライルと心中してしまうことしか頭にない。
それはきっと、昨日今日の思いつきではなく、長い年月の中で鬱積した、レオンハートの集大成だ。
魔と信じたものを命を捨てて討ち、同時に自分の存在を清算する。
そんな結末に至るしかなかったのが、ジャックは哀しくて、悔しくて、握った拳を震わせる。
本当に辛いのは自分ではない、と滲む視界をぬぐって、彼は、

「―――おまえに…、生きててほしい…!」

望むままを、振り絞るようにさけんだ。
しかし依然、近付く者さえをも刺しつらぬくような殺気は揺るがない。
宝石のような双眸が、眼下の相手をとらえ、命を絶つための牙が、ライルに迫る。


作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har