D.o.A. ep.44~57
Ep.55 叫び
「……ゼレック・エタフ」
奇声を上げて参戦した双槍の男が、そうつぶやくのを、ティルは確かに聴いた。
同時に、鎬から柄まで、淡い光の紋様が浮かび上がった。
彼は、その業を知っている。
おそらくは――――付呪(エンチャント)。
一般的には、武具に魔力を纏わせることによって、殺傷力や頑丈さを高めるという、魔術の一だ。
とはいえ、付呪は、即興で行う業ではない。
「付呪を施されながら打たれたもの」、「使い手の意思や怨念が蓄積されたもの」。
これらが、聖剣や魔剣と呼ばれる武具となり、後者は宝石が魔力を得る過程と通ずるものである。
出回っているのは「既製品に魔術儀式で魔力をこめたもの」が大半であるが、性能としては上のものに数段劣る。
「よく見てな、脳筋ども。このグラーティスさんが華麗なお手本、示してやんよ!」
この場一番の強者と見たか、半透明の獣は男を警戒して狙いはじめる。
しかし、槍の穂先は、あれだけしぶとかった半透明の獣たちを容赦なく薙ぎ払ってゆく。
ティルは、ネイアを拘束していた枷を思い出していた。
ナイフを入れても手応えのないそれは、まさにあの半透明の獣と同質のものだろう。
彼女の拘束具も、半透明の獣も、出所はあのレオンハートに違いない。
つまり導き出される結論としては、どういうわけかレオンハートの異能に、物理的な力は通用しない。
けれど、魔術であれば、それを相殺しうるらしい。
「…なるほどな。そういうコトかいな」
アントニオ船長もティルと同じ結論へ至ったのか、部下たちと共に男の援護をしながら、得心したように片目を細める。
付呪によって、既製品は魔力を帯びる。即ちそれは、魔術と同等の性質を武具に纏わすことだ。
ならば、付呪は成功している。
本来、付呪は幾つかの手順を踏んで行う儀式によって成果を得る。
それを、双槍の男は一工程で完了させている。相当な熟達者のようだ。
「チェェストいけーッ!!」
またもや妙な奇声を上げて、男は長さの異なる得物を臨機応変に駆使し、猛獣の巨躯を地にたたき伏せる。
複数の相手を圧倒する姿は、二日酔いの醜態を払拭して余りある勇猛ぶりだ。
そうこうしているうちに、彼一人によって敵は一方的に殲滅されてゆき、残すはあとわずかとなった。
「…げっ。ヤベ」
―――その戦闘中、信じられないことに、男が不意に短槍を手から滑らせ取り落としていた。
無論そんな致命的な失敗などに敵が配慮してくれるはずもなく、しめたといわんばかりに仕留めにかかる。
アントニオ船長が、その間へと踏み込んだ。
先程までにぎっていた愛用のサーベルではなく、腰にぶら下げていた短剣のひとつを閃かせる。
その刃は今度こそレオンハートの化身を抉り裂き、倒れ伏したその身は残骸残さず消滅した。
彼のそれは、男のものとは違えど淡く光を帯びており、間違いなく付呪が施されていた。
「お、サンキュ、助かったぜ」
「あっぶな……冷や汗かかされたわ」
ひゅう、と口笛を吹く男に、アントニオ船長が、付呪の短剣をしまいつつ呆れ声を出す。
化身たちは再び形を取り戻すことはなく、彼らはやっと少しだけ緊張をゆるめることができた。
アントニオ船長とティル以外には、なぜ男の槍が猛威を振るえたのかがわからず、部下もネイアもジャックも呆然としていた。
「注意力がちっと足りんのと違うか?一流の傭兵さん」
「うっせー!酒だよ、酒のせい!そろいもそろってよ、あんなバカみてーにドギツいのガバガバ呑みやがって。てめえら人間かよ」
けっと舌打ちして悪態をつく男は、にしても、と話題を切り替えた。
「なんだい、ここは?おんなじ島たぁ思えんな」
「俺にもようわからん。ただ、カンやと十中八九あいつが原因やろな」
眉をしかめ、髭の生えた顎で滝の上を示す。
どういう状況であるのかは、ここからでははっきりとは把握できないが、まだ終わっていないことだけは確かだ。
「…幻獣か」
男は独り言のようにぽつりとこぼす。それは憐れむような響きで、ティルは怪訝に眉を寄せた。
だがその音を拾えたのは彼だけだったようで、アントニオ船長は素早く身を返し、部下と共に娘へと駆け寄る。
そして、感極まったようにがばっと抱き寄せた。
「ネイアー!!無事でよかった…っ!心配したんやでええ」
「お嬢、ホンマにようご無事で」
「ちょっ…やめて、父さん、苦しいって!」
気恥ずかしさもあいまって割と本気で暴れて腕の中から抜け出した彼女は、ジャックを振り返る。
再会を微笑ましく見つめているであろうはずの彼は、しかし悲痛な表情で崖上を見つめていた。
「………」
作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har