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D.o.A. ep.44~57

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水音がしたのは気のせいではなく、前進するごとに大きくなっていった。
音の正体が早く知りたくて、ついジャックは急ぎ足になる。
暗い足もとでそんなことをすればどうなるかは目に見えているというのに。
「…ふ、おわわわわぁッ!?」
案の定、予想を裏切らず、起伏につま先を引っ掛けて、前倒れになっていく。
顔面を強打するところを、背後のティルが寸前で腕をつかみ、最悪の事態は回避された。
「あはは、ごめんなあ…」
ため息をついてあきれ返るも、この性はちょっとやそっとでは直るまいとあきらめた。
長い付き合いにもならないだろうから、この先彼がどんな目に遭おうと知ったことではないが、海賊たちに一種の同情がわき上がらなくもなかった。

「―――!誰?!誰か、そこにいるの?」

意外にすぐ近くで、しかし明かりが照らす場所よりは遠くから、誰かがさけんだ。
それは聞き覚えがあるもので、ジャックの表情が驚愕と、期待に彩られていく。
むこうの壁際に人影を認めると、ジャックはつんのめるようにその人物の前に駆けつけた。
乱れた長い髪を広げる少女を、ほんの少しだけ誰だったかと思案したが、答えを出すより前にジャックが歓喜の声をあげる。
「お嬢!よかった、無事やったんや…!」
「ジャック…?ほんまに、ジャック?」
そこには、海賊団船長アントニオの息女である、ネイアが座りこんでいた。
バンダナが解かれているのに加え、若干気弱そうに目を潤ませているせいで、最後に見た彼女とは随分印象が異なる。
ジャックと見つめあった後、その横の無表情のティルに気づいて、照れたように顔をうつむかせる。

「あ、この二枚目はティルくん、ここに来るまでお世話になった人で」
「そ、それより、二人だけなん?父さんは、みんなはどないしたん?…まさか」
「船長らはたぶん大丈夫です。みんなで助けにきたんやけど、俺がドジって、ティルくん巻き込んでもうて。
…そのおかげでお嬢のところに辿り着けたみたいやから、結果オーライですね」
「そう…」
うれしそうに頬をほんのり染め、ネイアは深くうなずく。
ふと、なぜ彼女が再会した時のように、ジャックに駆け寄らないのか妙に思い、視点を変えると得心がいった。
彼女は両手首と両足首を何かでまとめられていて、動こうにも動けない状態だった。
かがみこんで拘束具に触れてみると、縄ではなく、いやに現実感のない感触だ。
半透明で、まるで氷かスリ硝子でできているような見た目。
ティルは携帯ナイフを取り出して刃をひらき、拘束具へ刺し込む。
「…?」
刃はその拘束具にすんなりと入りこんだが、まるで軟体動物に刺し込んだような頼りない手応えだった。
刃を抜けば、傷ひとつない。
「ティルくん、どしたん?外れた?」
もう一度試すが、変わらない反応に、ティルはナイフをぱちりと片付ける。
「え?え?諦めんといて?」
「いや…他の手を試す。熱かったり少々痛くても耐えてほしい」
「わ、わかった。一思いに、どうぞ…!」
緊張した面持ちで、ネイアは手首をすっと持ち上げた。
「え?な、なにすんの??」
手のひらに生まれた、ライティングとは違ったぼんやりとした光をみてジャックは戸惑う。
その指先で拘束具をぐるりとなぞって、手首を光る手のひらで覆う。
「…ッつ!あ…」
彼女が苦痛をこらえるように顔をしかめるが、ティルは黙って続ける。
「だ…大丈夫なん、お嬢…?」
ジャックがハラハラしながら事の成り行きを見守るが、答える余裕はない。
彼がやっているのは、物理でだめなら魔術、という至極単純な思いつきだった。
それでも、肌に触れる拘束具を破裂させるのは、魔物の体を遠慮会釈なく爆発させるのとはわけが違う。
今まで求められたこともない、絶妙なさじ加減が必要だった。

やがて、拘束具の一部が、小さな音を立てて弾けた。
彼女の手首は熱のためか多少赤いが、特に支障はなさそうだ。
続けて足首のほうも片付ける。一度成功したので、今度は比較的簡単にとり行えた。
自由になった手足を確かめるように動かし、彼女は丁寧にお辞儀をする。
「お礼はのちほど必ず」
「別にいい。それよりこの先には何があるか知っているか?」
「水音がしとるんですよ」
「水…?そういえば、水被ったような気がする」
よく見れば彼女の背や肩は濡れている。ふるりと震え、くしゃみをひとつ。

「何があっても行ってみるしかないです。お嬢、大丈夫ですか?どっか痛いとことかは」
「うん。大丈夫。父さん心配性やもん。はよ無事やって顔見せに行かな!」

先走りそうになる気持ちをおさえて、警戒しながら行くと、少しずつ果てが見えてきた。
流れ落ちる水がカーテンのように、出入り口を塞いでいる。
滝の裏の洞窟か?と気づくのと、先んじるネイアがそのむこうへ飛び出そうとしたのは同時だった。


作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har