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D.o.A. ep.44~57

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「…どないなっとるんや」

徐々に枯れていく森を抜ければ、そこは草の一本たりとも生えていない、灰色の荒野であった。
音を立てるのは、轟々と音を立てて流れ落ちる滝だけだ。
どこか寒々しく、気づけば汗が冷えて、肌に冷気を感じた。
暑苦しさと泥濘と薄暗さばかりの道程に苦しんだ彼らにとって、ここが同じ島であるとは到底信じられない。
その光景で、空と滝の流れ以外は、ひたすらに静謐に死んでいた。

――――この場所こそが、この孤島の中心地。

『…来たか』

脳にまとわりつく、老紳士の声色。
滑り落ちていく水の流れの内より、その金色の巨躯は緩慢に出でる。
濡れた黄金の毛並みは、褪せた灰色の中で唯一かすむことなく輝く、本物の生きた色だった。
滝から突き出た幾つもの岩場を伝い、頂きに達する。
軽々と跳躍する体躯に、10日前、ティルに射抜かれた傷はすでに無い。
ライルを睥睨する琥珀は、ひとたび閉ざされ、次にアントニオ船長たちを認める。
「――――おい、お前、ネイアはどないした!傷でも付けててみい、剥製にしたる!」
彼女のバンダナを握りしめて、アントニオ船長はがなりたてる。
それをものともせず、レオンハートは目を合わせるだけで、その意思を、明確に頭へ叩き込んできた。

『一人で、ここまで来い。貴様の息の根を止めたのち、娘は返す』

無論、それを要求する相手は、ライルだろう。
切り刻んだ死体をよこせ、という要求ではない。
あくまでも、その牙で、その爪で、ライルを害することを望んでいる。
「んな条件飲めるかボケ!総がかりで叩きのめしたるわ、このケダモノ!」
「…わかった」
突っぱねるアントニオ船長を制して、ライルは承諾する。
そして一歩、また一歩と歩みを進めつつ、感触を確かめるように剣の柄に触れた。
おい、とアントニオ船長は引きとめようと彼を呼ぶ。

「船長。俺のせいで、大事な娘さんや仲間を危険な目に遭わせて、本当に済まないと思ってる。
自分のことは、自分でカタつけます。心配無用です」

だから船長はやるべきことをやってほしいと、言外に告げて、振り返らずに駆け出す。
ネイアはきっと、あの滝の奥にとらわれているだろう。
時間稼ぎの自己犠牲のつもりはないが、レオンハートとの対決の間、彼女を救い出してくれることを望んだ。
頂きまでの、親切な道などない。ゆえに岩場をよじ登るしかない。

「あんさんの所為やなんて、思っとらん。…責任感じとるヒマあったら、さっさと勝って来」

手をかけやすそうな凹凸の多い岩肌であったのは幸いだった。
あの夜のように、途中で手をかける場所を失うことにはならないだろう。
懸念は滝の水飛沫によって多少滑りやすくなっている点くらいだった。
先刻の言葉と、期待通り動き出した彼らの気配を励みに、着実に頂上を目指す。

『暇を持て余してしまっているようだな』
不意に、目指すものの姿が幾重にもぶれる。
「!」

息を呑むうちに、残像は増え、獣が数体。レオンハートの両隣に現れる。
姿かたちはレオンハートに瓜二つで、ただ半透明なことだけが、それとの違いだ。
ここに辿り着くまでに放たれたのは、やはりレオンハートが差し向けたものだった。
それらは一斉に、垂直をものともせず四足で蹴って、アントニオ船長たちに襲いかかる。
「船長…ッ!」
いくら叩き潰そうとも、一向に減らぬ敵。
あれらに阻まれては、滝へ近付くこともできない。ライルは頂きを睨めつける。

『彼らには遊び相手を用意した。我らの戦いの、邪魔立ては許さぬ』

こちらの考えることをあざ笑うような声色。
高みの見物をやめ、レオンハートは背を向けた。
無事登りつめると、相変わらず灰色の渇いた地があった。
さほど広い場所ではなく、眼下には島の密林を一望できた。
ここから落ちれば、命はあるまい。そう思わせる高さが、背筋に汗を伝わせる。
空が近くなり、風が遮蔽物なく身をなぶった。
まもなく陽が沈み始めて黄昏の時分になる。
対峙する猛獣は、おそらく夜目が利くだろう。こちらが不利になる前に――――

『子供のように質問攻めにされると身構えていたのだが』
「お前と余計な言葉を交わす気はないし、訊ねたところで答えてくれるような親切なヤツだとも思ってない。
お前は俺の道を阻む敵だ。それだけ知っていれば事足りる。…でも、」

ひとつだけ、確かめたいことがあった。
崖下で前進しようと刃を振るうアントニオ船長たちと、対するレオンハートの分身たち。
それにちらりと目をくれて、直感のまま口にする。

「あれは、…魔術なんかじゃないんだろう」
『…………』

ナジカ青年は、レオンハートが放った半透明のけだものたちを、魔術と想定した。
しかし、ライルはどこか違和感を覚えていた。
そもそも彼は魔術に特に明るいわけではないから、明確な理由を口で説明することはできない。
それでも、今このとき、確信を持つことができた。

『なるほど。意外に鼻が利くらしい。
…そう、私は魔術とやらなどとは相容れ得ぬ、故に欠片たりとも知り得ない』

妙に、もってまわった言い方をする。
真意がつかみきれず、ライルは顔をしかめる。
その身が、幻想じみて美しいからなのか。
不思議と、相容れ得ぬという響きには、まるで世界から拒絶されたような絶望があった。
この世のものとは信じがたい金色が、前身を下げて臨戦体勢をとる。

『何も知らずに死んでいけと思っていたが…気が変わった。
…久方振りに大盤振る舞いも悪くはなかろう』

言い終えたが否や、レオンハートは地を蹴った。
爪を何とか見切って、かろうじて傷を負うことだけはまぬがれる。
それにしても、あの体格からは予想だにしないほどに俊敏だ。
双眸に一瞬でもとらえ損ねれば、鋭利な歯牙の餌食となるか。
…はたまた、足を踏み外して転落死か。

『貴様が死に損ねる度に、冥土の土産を積み重ねていくとしようか―――』



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作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har