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D.o.A. ep.44~57

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Ep.53 レオンハート−3−




ずっと裾を握っているその男に痺れを切らし、ティルは振り向いて訴える。

「…おい、いい加減、その手を放せ」
「うえええ、ホンマ堪忍っ、前がちっとも見えんのやぁ」

返ってきたのは、今まで聞いた中でも特に情けない、ジャックの声だった。
船長の命令は「一人ではぐれるな」だったので、そうなるまいと手近に掴まえたのが、不幸にも裾の長い衣服のティルだったのだろう。
見えなくなってしまった海賊たちは、今頃どこにいるのか。
襲撃の主は、圧倒的多数であるあちらを追っていってしまったので、彼らの周囲に危機はなくなっていた。
こうしてはぐれたのは、彼ら二人と、もう一人いた。

「……うう、ッ」

薄暗い森の中でもわかるほど、顔色が悪い男である。
走り方も覚束ず、呼吸の荒さも疲労とは明らかに違う。
それを見て、ティルは、海賊たちに追いつくことを諦めざるを得なかった。
適当な岩の陰を見つけ、座らせる。

「船長らに、追い、つかんと…」
「今更遅い」
ぴしゃりと男の言葉尻を封じて、まず容態を見る。
「お、俺…体力だけは自信、あったのに…」
息をするのも苦しげで、切れ切れに喋る男の手をとると、噛み跡を見つける。
「…あんた、この傷…」
「ああ、それな……さっきそいつにやられたんや」
震える指先で、依然ジャックの顔から離れようとしない蛇を指す。
先程はよく見ていなかったが、だみ声で苦痛を発した男は、彼だったらしい。
「その蛇なら、毒蛇だ」
「ひッ、ひえ――――ッ!!は、は、はよ助けてえ!」
ジャックがまた、情けない悲鳴を上げて騒ぎ出した。男も蒼白になっている。
「うるさい。そんな強い毒じゃない。健常者なら精々発熱する程度だ。死にやしない、騒ぐな」

幸運にもこの蛇と同じ蛇を、かつて読んだ書物に見たことがあった。
ティルの懐には、その症状を和らげる、ヴァリムの薬師直伝の調合薬もある。
ジャックの荷物から細い水瓶を見つけると、傷に注いで洗い、残りで薬を飲ませた。
男はなにやらぶつぶつ言っている。礼を言いたいようだが、薬が苦すぎて、舌がしびれているらしい。
「ティルくーん、おねがーい、俺を忘れんといて〜、俺も助けて〜」
身振り手振りで助けを求めるジャックにため息をつきながら、ティルは作業にかかる。
舌をちろちろ出して威嚇している首を引っつかみ、手早く取り去った。
できる限り遠くへ放り投げる。いささか乱雑だったが、死にはすまい。

「おおきに!ホンマ、キミとはぐれてよかったあー」
その言い草に眉間がピクリと引きつるが、悪意のないこともわかっているので心中で毒づくだけにとどめる。
「なんや、ええ薬もくれて。キミ、ホンマにええ奴やなぁ。ネイラ海賊団の大恩人やんなぁ」
「…別に、常備薬持ち歩くのなんて、普通だ」
少しずつ楽になってきているのか、首肯して笑顔を見せる余裕を取り戻している。
とはいえ、先へ行ってしまった彼らを追おうなど、無理な相談だろう。
別にこの男が斃れたところで、責められるいわれもないが、寝覚めは悪い。

「船まで戻ったほうがいい。あれだけ大きい船なら船医くらいいるだろう」
「うん…まあ、おるけど…」
「先輩。お嬢なら、船長がちゃんと助けはりますよ。一緒に船戻って養生しましょ?」
「…お前は、ホンマにええんか」

ぽつりと、男はジャックの目を見てこぼす。
何を訊ねられているのかわからず、彼は首をかしげた。
「お嬢は、…たぶん、お前に助けにきてほしい思てるやろ」
「そうですかねぇ、別にそんなことあらへんと思いますけど」
「やって、お嬢はお前を…」

先を言いたくないのか、男は複雑そうな表情で舌打ちした。
そして、ジャックの背中を思い切り蹴っ飛ばした。
「ぃ…――――つッ?!」
「行け、ゆーとるんやッ!先輩の言うことには、素直に従わんかい!」
「せ、せやけど」
「バカにすなや、薬もろうたしな、…ちょい休んだら、帰りくらい一人でええわ」

果たしてそれが、事実か強がりかどうかは、本人にしかわからない。
だが一般的に考えれば、いくら屈強でも、蛇の毒を患いながら密林を抜けるのは難しいだろう。
ジャックは不安げな顔でかがみこんで、荷物の中からもうひとつの水瓶と携帯食の袋を取り出し、男に握らせる。
「これ、置いて行きますから…。無理せんとってください」
「ふん、まあ、もろといたる。お前こそ、うっかり下手うって船長の足ひっぱんなや」
手を振り払い、鬱陶しい、といわんばかりにそっぽを向いた。
彼は頭をひとつ下げ、走り出す。
後を追うべくティルも駆け出すと、その去り際、男は言った。

「―――あのアホのこと、よろしゅ頼んます」



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作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har