D.o.A. ep.44~57
黒い水平線の果てに浮かぶ、一点の光の粒。
それがジャックの言うように船であるかは怪しいと思ったが、今は藁にもすがりたい状況だった。
調理用の薪から、衣類以外の燃やせるものは片っ端から火につぎ込んだ。
果たして、これで、あの光の粒の正体が気が付いて、助けに来てくれることを祈るしかない。
燃え上がる炎のもと、舟をこぎかけているジャックの肩を揺する。
「ん、おお…すまんすまん。俺、今寝てた?」
うはは、とライルのほうを見て照れたように笑い、彼はおのれの両頬を二、三回叩いて眠気を覚ましている。
「こんなときに…あんた、けっこう肝が据わってるな」
「まあ、起きてたいとは思うんやけどね。いつも寝てる時間やし、つい、な…。
…それより訊きたい思て、でもなんか訊きづらいなーと、黙ってたんやけど。やっぱりモヤモヤするし、ハッキリしたい」
ティルは燃やせる物を探しにいったので、近くにいるわけではないが、こそこそっと耳打ちするようにたずねてくる。
「正直な話…キミらもしかして、さっき、大喧嘩しとった?」
ライルは唇を噛み、眉をしかめた。
喧嘩、なのだろうか。
自分の気持ちも、ティルの心情もよくわからぬまま、激昂し、暴力に訴えただけだった。
そして、わかりあうどころか、さらに溝が深まったような気がする。
「殴る蹴るを喧嘩って呼ぶなら、そうだろうな」
「ここに来るまで、ずぅと一緒にいたって割に、ちっともキミら二人で喋らんしなぁ。もしかして関係悪い?」
「…わからない」
「わからん?」
「関係が悪かったのか…そもそも関係って築けてたのか、とか」
パチパチと音を立てる焚き火を凝視しながら、ライルは在りし日々を思い返す。
よくわからない男だと思う。
無口で、いつも自ら輪から離れた場所にいて、一匹狼という言葉がしっくりくるような。
自分について話したことなども、まったくといっていいほどない。
ただ、悪いヤツではないと。
この先、ずっと共にいるなら、いつか壁はうすくなって、おたがい気兼ねなく物を言い合える、信頼関係を築けるのではないか、と。
現実はこうして、時が経つにつれて関係は悪化しているわけで、今から思えば夢のような未来を思い描いていた。
「わっかんねー…」
ティルのこと。自分の気持ち。これからどうなるのか、どうすればいいのか。
膝をかかえて、顔をうめる。
無性に泣き出したくなって、抑えこむように砂地を掻いて握りしめた。
「よーわからんけど、複雑なんやねー、よーしよし」
間延びした声の主が、ライルの頭を年上ぶったふうにかきまぜる。
子供あつかいされているみたいだったが、不思議と不快な気分にはならなかった。
「大抵のことはな、なるようにしかならん。でも、よりええ未来を思って行動すれば、きっとええ未来になるって、俺は信じとるよ。
たとえば俺なんか、こうして一人ぼっちで流されてきたけど、きっとそう悪ならんって信じて、できることやってきた。
結果、キミらが来て一人やなくなって、こうして助けもきそーな感じになっとる」
ライルの頭から手を下ろし、少し言葉を切ってから、ジャックは続ける。
「まあつまりやな…、…もっと、いろんなこと、いいふうに見て生きてってもええんちゃうかな。
先なんか誰にもわからんけど、悪いふうに考えたら、やっぱりそういう未来がくるような行動しかでけんと、俺は思う。
……割とこん世の中はな、希望持ってがんばって生きとるヤツに、そんな意地悪うないで」
顔を上げると、ジャックは、こちらを微笑んでながめていた。
笑ってしまうくらいの楽天主義だったが、先行きがまったくわからない今、胸に素直に染み渡っていく。
――――願わくは、今夜の彼の言葉は、ずっと胸に留めておきたい、と。
少しだけ上向きになった気持ちで、そんなことを、思った。
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作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har