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D.o.A. ep.44~57

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Ep.48 無人島・12日目−2−




「……もう、晩メシ作るけど」

背後から声をかけても、ティルはこちらを向かない。
波音だけが、静かに繰り返される。
もう少し距離を縮めていくと、わずかに足で砂地をかいた。

「………」

沈黙に徹するティルの表情は、夕闇に隠されている。
ライルは腕組みし、横に並んだ。
隣にならべば何かが見えるかとも考えたのだが、視界にはただただ黒い水平線が広がっている。
10回以上同じ海を見ていた。
静かに寄せては返し、無論灯りなど掠めたことすらない、闇の海原。
まだ十日と少し、と思い、もう十日以上も経った、と失望したりもする。
かたわらの青年としては、どうなのだろう。
12日間は、諦めが忍び寄る時期か、まだまだと希望に満ちているのか。

「…何が見えてる?」
「……」
「……何か言ってくれよ」

彼との意思疎通は、以前、これほどまでは困難と感じていなかったはずだ。
言葉をかければ、短く素っ気無いながらも、いくらかの言の葉を紡いで返してくれたのに。
原因はわかっているつもりではある。

(…レンネルバルト、兄さん…か)

故郷の村の平穏な日々を、ズタズタに引き裂いて何の良心の呵責も覚えない、許しがたい男。
それが、ライル=レオグリットの、レンネルバルトという人間への認識だ。
ティルは、出会った時から、ライル=レオグリットが何者かを知っていたはず。
しかし彼はレンネルバルトについて何一つ語らず、今だって彼とレンネルバルトが兄弟であるらしいということしかわかっていない。
黙して語らぬことは、不誠実だと思う。
そして、黙っていてもわかる、鈍い銀にやどる色が、まるで共犯者のようで、たまらなく苛立った。
――――憎んでしまいたくなどない。
何も語ってくれないままなら、彼まで憎んでしまいそうで、それはとても苦しかった。

「お前、何考えてるのか、全然わからないんだよ」
「……」
「だって、何も言わない。訊こうとしても避けた。たまたまだと思おうとしたけど、やっぱり逃げてたんだろう」
「………」
「認めるんだな」
「………」
「兄さん、だって?よっぽど慕ってるみたいだな。……あんな奴なのに」

我ながら、この言い草は喧嘩を売っている、と感じた。
わずかに、彼が肩をぴくりと跳ねさせるのがわかる。

「俺が、俺の故郷が、アイツにどんな目に遭ったか、出会った時から知ってたクセに、アイツが何者かずっと黙ってたんだもんな。
そんなに、あんな兄貴を庇い立てしたかったのか?」
しまったと後悔するがしかし、口は止まらない。これ以上こぼせば亀裂が決定的になる。
わかっているのに、更に責め立てる。
「俺はお前とうまくやっていけるって思ってたのに。結局、全然そうでもなかったってことかよ」

自嘲混じりに吐き捨てると、いつの間にか、青年の体がこちらに向いていた。
感情を見せない双眸が、絞りきった弓のように、ライルをとらえている。
数秒して、ようやく、その口唇が開く。

「そうだ。…俺は、お前を信用していないし、」

自分で言ったコトが、相手の口から告げられた。なのに、なんだか傷付いている。
だが、その続きが、

「―――お前も、俺を信用していない」
「………ッ!!」

――――なぜ逆鱗に触れたのか?
おのれでも理解しえぬうちに、頭の中が真っ白に灼けつき、気付けばかたく握り締めた拳が青年を頬を殴りつけていた。
ザバン、と波打ち際へ、長い体躯が倒れる。
激情に体が震え、奥歯を噛みしめて、上体を起こす青年を睥睨する。
口内が切れたようで、手の甲で口元を乱暴に拭っている。
それを認めた直後、下から顎を、強い衝撃が襲った。
目の端に見えたのはティルの足だった。蹴り上げた脚が、そのまま反対側に落ち、砂地から手をはじくと、存外身軽に立ち上がった。
その瞳には、もはや常の理知的な光はなく、獣のようにライルを敵視する。
しびれるような痛みに目をすがめつつ、無様に倒れぬよう踏ん張った刹那、続けざまに長い脚が回し蹴りを叩き込んでくる。
防ぐこと叶わず、ライルの体も同じく波間に突っ込んだ。

――――その格闘術の動きは、あの惨劇の夜に、鮮烈にライルをうちのめしたものと酷似していて。
全く違う体格であるのに、ティルバルトとレンネルバルトが、重なって見えた。
重なって見え、ライルの頭の中から、一切の躊躇というものが、消え失せる。

そこから先は、海水にまみれながらの、遠慮会釈なしのどつき合いであった。
互いが互いを地に伏せしめんと、手加減なしの拳を叩き込み、蹴りを放った。
止める者はおらず、すでに両者の間では、言語など通じることはなく、確かなものは、相手への滾るような激怒だけだった。
穏やかな波打ち際に似つかわしくない、殴打の音と低いうめきが響く。
精根尽き果てるか、気が済むまでこの攻防は終わらぬかのように思われた。


「ぬぅおおおォォおおおいッ!!」
「…!」

その咆哮は、どちらのものでもなく。
第三者のそれに、二人の動作が空回る。叫びの主へ、目をやった。
視線の先にいたのは、つい10日と少し前に出会ったばかりの、わずかばかりな先住者。
息も荒々しく肩を上下させつつ、ジャック=ルドは、騒々しくわめきたてる。

「…キミら何しとんの?いや、今は、んなんどうでもええわ、はよ来!はよ!」
「何事だよ…そんな馬鹿みたいな声上げて」

怪訝な顔つきで、大振りに手招くジャックをながめる。
その大層慌てた様子が滑稽であったが、見るからに火急の用件であるらしい。
晩飯の催促に駆けて来たのか?そんなに腹が減っているのか?
それともまた、あの金色の獣が現れたとでも。
だが、次にジャックの口から飛び出たのは、予想を全く外した一声だった。

「船!船やッ、船のッ、灯りが、見えた!あっちでッ!!ホンマやて!火ッ!!煙出して気付いてもらわんと!二人ともはよ、来!!」







作品名:D.o.A. ep.44~57 作家名:har