少年少女の×××
第肆話
悪魔。一般的には悪いイメージが浮かべられるが、今では普通に社会で働く悪魔も少なくない。だが、それもごく限られたことである。今でも悪魔への差別はあれば、悪魔が悪事をすることはある。そんな悪魔が、他のものから能力を祈って人助けをする祈祷士の仕事を悪魔がやっているなど誰も夢にも思わない。しかし、蓮の紹介された祈祷士だと言う女は明らかに悪魔だ。その証拠に悪魔の炎と言われる悪魔にしか宿せない血のような赤黒い炎を角の先に宿している。
「きはっはっはっ!驚いておる!驚いておる!我が友人どの、この犬っころ面白いなぁ」
「インターホン……標準用のもつけてよ、レディル」
「このレディル=パールベルにそんなこと言えるのは我が友人どのぐらいだ。考えといてやる」
「前回もそう言ってたよな?」
「パールベル……!?」
その姓には佚は聞いたことがあった。
いくら何百年かけてもこの世と魔界との裂け目は埋まらない。一部の悪魔以外は未だにこの世の全てを乗っとると言う野心が根強く残っているらしい。そして、その頂点に君臨するのは誰もが聞いたことのある魔界の王、サタン。さらにそのサタンの血族の分家の中にパールベルという姓がある。それは教科書にも載っているような情報であり、一般的に知られている。
「推察の通り、私はサタンの血族だ。まぁ縁を切られたから、パールベルなんて姓、私には意味はない。レディルという名は気に入っているからそのまま使っているがな」
「レディル、こいつ診て」
「自己紹介に横やり入れるんじゃないよ。不粋だねぇ」
「疲れたんだよ。ここ遠い」
蓮は普通に喋っているが、人間にとって悪魔は特級危険対象種族のはずだ。しかもまだ蓮は保護観察されるべき年齢であり、普通、悪魔と人間が知り合うなどあり得ない。しかも、かなり親しげに話している。
「全く、こんなでかい悪魔相手にそんな態度とるお前みたいな人間はそうそういないよ」
ダルそうに体を起こし、際どい服装など気にもせず、蓮と佚に向き合うように座り直した。レディルはニヤニヤと佚を上から下まで眺める。だが、佚の第二能力に臆するどころかむしろめちゃくちゃ楽しんでいるようだ。
「はっはっ、なるほど、ビリビリくるね。こりゃ悩まされるわけだ」
「な、治せるか?」
まさか悪魔であるとは到底考えつかなかったが、今更やめますと言えるわけもない。もしかしたら、という希望を込めてレディルに問いかけた。レディルは見下すようにしばらく佚を眺めると
「あぁ治るさ」
「じゃ…じゃあ…!」
「だがね」
なぜだか佚の言葉を遮り、ひじ掛けに肘をたてその手に顎をおいた。
「私には治せないよ。多分誰にも治せない」
「なっ…!」
彼女の言葉に蓮もさすがに動揺した。レディルがそんなことを言うなど思わなかったらしい。
「私は【治る】と言っただけで、【治せる】とはいってないよ。この一文字に違いは大きい。北極と南極くらいね」
自分の例えが気に入ったのかクスクスと笑う。
「何で…!」
「『何で祈祷もしないで言えるんだ!?』ってか?そんなもん決まってる。犬っころ、貴様のそれは病気でも異常でもない。
ただ貴様自身が他人を寄せ付けないように【威嚇】という第二能力にこじつけてるだけだよ」
レディルはまるですべてわかっているかのようにすらすらとそんなことを言った。佚は固まった。
「お…俺が…?」
「呆れた。何見覚えがありませーんって顔してんだ?【貴様は知っている】のに」
何故この悪魔はそんなことを言っているんだ。知らないから来ているのに。理不尽な言いがかりだ。佚はそう【言い聞かせた。】
「蓮、貴様はこんな面倒な奴を私に押し付けるつもり?」
「……レディルなら治せるかと思ったんだ」
「信用も信頼もあって嬉しいが、私には治せないよ。できることは……そうだな、手引きをしてやることだな。まるで紳士が淑女をエスコートするが如くにね」
「手引き?」
「【入り口】までなら連れていってやれるが、そこから先のダンスホールでは自分の力で踊ってもらうよ。リズムを刻むのは自身でしかできないからね」
機嫌が良さそうにどこかのクラシック曲を鼻歌で歌うレディルはまだうまく現状を掴めていない佚を指差した。
「ただし、祈祷してみたところでどうなるかの責任は負えないよ。あくまで自分で決めな。悪魔だけにね」