少年少女の×××
そこからさらにバスを二つ乗り継ぎ、さらに街外れに向かって歩くという道のりは人間の蓮にとって試練でしかなかった。普段ならば直通バスに乗るはずの道を徒歩で行くのだから。
「…………」
「人間ってのは難儀やな…」
未だにけろっとしている佚を恨みがましく、蓮は息切れしながら顔をあげた。
「人間……と書い……て【難儀な種族】じゃぼ……け」
「息切れしながらきれんなや。あとそんなん言うておらん」
すぅっと息を整えるとまた歩きだした。さっきからこれの繰り返しだ。人狼族である佚には強がっているようにしか見えない。本当なら座って休みたいだろうに蓮は座っての休憩はせずに息を整える程度の休息しかとっていない。単に佚を早く案内するための無意識的か意識的な気遣いだろう。そう感じていた。佚はその【友達】としての気遣いが嬉しくてたまらなかった。だからこそ、手助けをすれば無下にするという行為になってしまうような気がしていた。だから、なにも言わなかったが、佚はすっと蓮の前に背中を向けて膝をついた。
「……は……?」
息切れしながら蓮は首をかしげた。それは、認識が間違っていなければ【おぶされ】というポーズだ。
「ほれ、乗れ」
「い、いい…あとちょっとだし…」
「いいから乗れや。あともうちょいって感じの道やないぞ」
意地をはる蓮を呆れ顔で見つめる。
「あんなぁ…人間の体力なんて俺らの何十分の一くらいわかるやろ?お前背負ったところでどぉってこと…」
「そう…じゃない…」
そういってフラフラとまた歩き始めた。蓮の言葉の真意がわからず、蓮のあとをついていく。蓮は背中を向けたまま、言葉を続けた。
「紹介する…祈祷士の祈祷の仕方は…他の祈祷とは違って…ものよっては祈祷してもらう本人が体力を消費…する場合もある…だからここで無駄に…使ってはダメ」
彼女の気遣いは現在進行形でもあり、未来形でもあったのだ。佚が見てきた祈祷士の標準の行いだとすると、祈祷士を訪ね、祈祷する目的、内容を話し合い、必要な物を揃え、指示にしたがって世界のエネルギーを拝借するというものだ。確かに祈祷の種類によれば祈祷してもらう本人の【何かしらをもらう】という祈祷方法もあるが、これは極稀な例であり、そこまで一般的なものではない。
『あいつの祈祷は一般的な祈祷とは違うよ。もし、一般的な祈祷を思い浮かべてるなら、それは捨てた方がいい』
ここに来るまでの道中の電車内で蓮は言った。
『一般的な祈祷やない?』
『そう』
『一般的…やない祈祷?どういう意味や?』
『さぁ』
『へ?』
彼女の返答に肩透かしを喰らったように佚は間抜けな声を出してしまった。
『それは行かないとわからない。でも普通じゃない』
『はぁ…』
『まぁ何があってもある程度は覚悟しておいてってことだよ。だって普通の祈祷士ならさ…今日を選ばない』
『今日?』
蓮は頷いた。今日という日に心当たりは佚にはなかった。特に変わった祝日でも祭日でもない。
『わからない?』
〈次は○○駅~○○駅~降りる際はお忘れ物、落とし物…〉
アナウンスから降りるべき駅の名前が聞こえた。立ち上がり、電車を降りる瞬間に蓮は答えを言ってくれた。
『今日は………新月だから』
今日は新月。逆満月。普通、精霊や霊の能力を使う祈祷はなるべく魔力、妖力、霊力などが高まる満月やそれに近い日を選ぶ。しかし、蓮の紹介した祈祷士は逆である新月の日を選んだ。それは少し、というかすごく妙だ。何故だ。祈祷に必要不可欠である能力が一番弱まる日である今日を祈祷する日に選んだ……そこからもう【おかしな祈祷士】ということにしかならない。