少年少女の×××
「なぁ聞いとる?」
目の前には褐色の肌の男。
さらに付け足すと全裸である。
さらに半分教われているような体勢である。
「…じ…人狼…?」
この種族にも蓮は関わったことはない。人狼は吸血鬼と同じ個人主義の強い種族であり、あまり数が多くない少数の一族だ。
「あの生徒会長やぞ!?それに魅了されんのやら俺かて…大成功や!」
にかっと屈託のない笑みを浮かべる。
人狼の種族や獣系の種族は基本は獰猛と教えられている蓮にとって拍子抜けする。
「いやな、確かな、人狼は個人主義の種族やけどな…仲間や…親にまで影響出るくらいこの【威嚇】が強くてな…」
親、というところは一番弱い声だった。あまりいい思い出がないのだろう。親という言葉に蓮は一番印象を受ける。
「え…と…要約すると…」
「『友達になってください!』」
胡座の膝に両手をのせ頭を下げる。随分と速い展開だ。襲われて、説明され、友達になってくれと頼まれる。説明の部分で襲う意味はわかったような気がした。彼にはそれしか確かめる方法が知らないのだろう。自分のこの生まれついての呪いにも等しい第二能力のせいで彼自身を誰も見なかったのだろうと、蓮は感じた。
「…あー…んー…」
それにしても困った。友達になるのは結構だが、この男は目立ちすぎるのではないだろうかと蓮には思われた。目立つという行為は全力で極力避けたい。
「それって治らないの?」
「昔から色んな祈祷師や巫女やなんかに色々呪いをかけてもらったんやけど…全然駄目や」
「自分自身では?」
「ほんの数分が限界や」
八方塞がりとはことことか…と蓮は考え込んだ。彼女は彼女なりに彼が放っておけないのだ。そして、一人の祈祷師を思い浮かべる。ただ、なるべく何も知らない彼には紹介するには少しは申し訳ないような気がする。
「一人…思い当たる祈祷師がいるんだけど…」
「ほんまか!?」
「紹介するのは簡単だし、祈祷をするのも、まぁそれなりのお金か代価があれば大丈夫なんだけど…」
「だけど?」
「【祈祷師資格のない祈祷師】だから、責任がねぇ…」
その言葉に一気に笑顔から怪訝な顔になる。祈祷師、巫女、魔法使い、等々の精霊や世界そのもののエネルギーを扱う称号には国家資格が必要だ。この資格がないのにも関わらず祈祷師をするその知り合いは犯罪者となる。
「しかしなぁ…うちもばあちゃんが心配症で色んな医者だの祈祷師だのに病気の度に連れてかれたけど…あいつよりできる祈祷師は見たことない」
あいつと言うところを見るとかなり親しみが出ている。佚はしばらく黙ったま、腕を組んでうーんと考え込む。そして、何かが決まったのか顔をあげ
「腐るほど祈祷師に受診したんや。今さら犯罪者だの何だのどうでもいいかもな」
「ええよ、ええよ。別に今さら急いでおらんからな」
少し不安そうだが新たな希望を見つけたことに気分がいいようだ。
「そんでまぁ、お返事なんやけどな…」
「………何だっけ?」
祈祷師あたりの話に後半は集中したため、肝心なところが忘れて抜けてしまった。
「『お友達になってください!』の返事や!ほんの数分前に話したやんか!!」
自分の精一杯を忘れ去られて、思わず鋭い突っ込みをかます。そんな佚の言葉にあぁ、と納得し相槌をうつ。
「返事ねぇ……【無いよ】」
さらりとした言葉。それに佚は絶望する。佚は蓮はただ単に現状解決の方法を提供し、他の奴らと一緒で逃げ出してしまうのだと。蓮はすくっと立ち上がった。
「お前にとっての『友達』って何?」
突然の質問に呆然としていた佚ははっと我に返り、暗い表情で答える。
「そ、そりゃぁ、俺を怯えんくて……俺のこと考えてくれて……」
「おや、もううちは『友達』として答えてるのか。ならば万事解決」
その言葉に佚は顔を上げた。何だか佚は自分と考えてるのとは噛み合ってないような言葉に反応した。その顔を蓮は不思議そうに見た。
「どうした?」
「いや、答えてるって……」
「だってお互いに友達って思わなかったら友達じゃないでしょ?」
「だって、今無いって……」
「返事?だって『はい、なります』でなった気する?だから無い。強いて言うなら【言葉じゃなくてお互いの確認が返事になる】」
言葉だけでは実感できない。だから、確認が証拠になる。彼女はそう言いたいらしい。佚は安心したのか、彼女の自論がおかしかったのか、はたまた両方なのか、思わず笑ってしまった。
「お前おもろいなー」
「いやいや、うちはしがない人間だよ」
「しがない人間やなら、俺を怯えとるって」
なんのことのない会話。答えてくれる相手。これが佚が欲しかったものだ。
教室に戻りながら、ふとした疑問を佚に問いかけた。
「そういや、佚って名字?名前?」
「ん?人狼種族は姓をもっとらんよ。どした?」
彼らに限らず、人間以外の種族には姓が無いことが多い。特に集団主義の精霊や獣系種族などだ。理由は特にあげるとして二つ。家の名は時に本人を縛る。種族を繁栄させるのは個人ではなく、種族全体である。だから、姓の必要性がないのだ。佚の人狼種族は前者だろう。
「いや、うちは友達を名字で呼ぶから」
「はー女って生き物は名前とかあだ名で呼びあってるイメージあるけどな」
「うちは女らしい女って言えないけどね。あんま集団行動も好きじゃない」
集団は合わせるのが疲れてくる。蓮は自分はそこまで器用な人間ではないと自負していた。
「あ、蓮ちゃ……」
教室前に行くと、珍しく見当たらない蓮を探していたアラートが居た。蓮が戻ってくると安心して駆け寄ろうとしたが、後ろについていた佚を見た瞬間に小さな悲鳴に、一斉に髪の蛇達が前に構えた。
「ほれ、こんな風に」
「ほー……」
感心したように二人を交互に見る。蓮には佚はただの困り果てた青年にしか見えないのだが、アラートには違うらしい。
「れれれれれれ蓮ちゃん……こここここの人……」
「えっと……の……の……」
「佚や。さっき教えたばっかやろ」
「名前とか顔を覚えるの苦手なんだよ。そうそう、佚だって」
あっけらかんと佚の名前を覚えてないことに開き直り、改めて紹介した。アラートはよく見ればカタカタと細かく震えていた。佚の威嚇とアラートの性格が災いしているようだ。
「これって慣れんの?」
「さぁな……皆慣れるまでに離れていったからなぁ……」
また膝を抱えてイジイジし始めた佚がいい加減面倒になったのか、蓮は無視してアラートにある程度の説明をした。
「じゃ……じゃあこのピリピリは第二能力?」
「みたいだよ。うちにはわからんけど」
これはなるべく早く連絡したほうがいいらしいと蓮は携帯を取りだし、メールをうつ。祈祷師資格のない祈祷師に。