ビッグミリオン
リンダとあずさは、キャッキャとはしゃぎながら窓から景色を眺めていた。もし万が一ドアが開いたら確実に落下死が待っている高度だった。
「どこまで行く気なんだ?」
上空は風が強く、車内はランダムに揺れている。少し気分が悪くなりながらも俺は問いかけた。
「パナマだよ。ブライアンが空軍をうまく抑えてくれている。たぶんスクランブルはかからないだろう。まあ、いずれCIAにもバレるだろうから、結局彼も追われる身なんだけどな」
リーマンの計画は偶然にも俺たちと一緒だった。そう、パナマまで行けば、貨物船に潜り込んで帰国できるかもしれない。もちろん、相応の大金を積まなければならないが。
「そこまでは一緒に行動したとしても、そっちには大金があるんだろ? そのままメキシコに向かった方がいいんじゃないか?」
「ああ。俺たちのチームは、パナマで万能ワクチンを接種したら解散する予定だ。そのまま日本に帰りたい奴は帰ればいいさ」
あつしは俺の問いに薄笑いを浮かべながら答える。気のせいかその眼には何か邪悪な光が宿っているように見えた。
「あと、研究所も手配してある。複製に時間がかかりそうなら、しばらく休暇を楽しむんだな」
カーステレオの音に合わせながら、機嫌良さそうにハンドルを指でとんとんと叩いている。
「うーん、そのことだけど……言いにくいんだが、即効性のある摂取方法は枕元輸血しかないんだ。しかも、同じ血液型しか輸血できない」
この情報は着くまで言いたく無かったが、こうなったらもうしかたがない。
「はあ? それマジな話だったのかよ。おい、そこの兄ちゃんの血液型は?」
女性たちと同じように、窓から顔を出してはしゃいでいる紫苑に顎をしゃくった。だが、ヘリの爆音と、景色に夢中で彼は聞こえていないようだ。
「B型だよ」
代わりに俺が答える。
「おーい! うちのチームの中でB型いるかー?」
その大声に誰も手をあげる者はいなかった。
「誰もいねえってよ。リーマンさんよ、どうするんだ? 俺たちはひょっとしてもう間に合わないかもしれないぜ?」
揺れる車内で煙草を吹かしながら、リーマンをとがめるように睨んだ。
「安心しろ。これから向かう研究所のスタッフには、大金を使ってCDCを引退したプロばかりを集めた。たぶん何とかなるはずだ。そして彼らは、総じて口が固い」
「頼むぜ。俺は早く日本に帰って組をまとめなきゃなんねえ。少し留守にしているだけで、歌舞伎町って街は勢力図が簡単に変わっちまうんだ。あとな、できれば組員の分のワクチンも手にいれてえ」
「先に言っておくが――ワクチンはここにいる人数分と、CDCに持ち帰る分の数しか考えていない。余分はないよ」
「へっ。相変わらず頭がかてえよな」
ふて腐れた様子でダッシュボードにどかっと足を乗せると、あつしはそのまま不気味に黙り込んでしまった。