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かざぐるま
かざぐるま
novelistID. 45528
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ビッグミリオン

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ドアを開けると、ブライアンが緊張した面持ちで拡声器を握り直すのが見える。駐車場はすでに朝日で明るく照らされ、映画の犯人包囲のシーンそのままの光景が、そこに広がっていた。
「やあ、シオンくん。言っておくが、君たちを傷つけるつもりは無い。今からこちらの指示どおりに動いて欲しい」
 肉声の届く距離までブライアンは警戒しながら歩み寄る。その言葉どおり拳銃の銃口は下に向いていた。
 だが、次に紫苑がとった行動は、現場を緊張させるにはじゅうぶんだった。鋭い刃先をためらいもせず一息に、自らの首に軽くあてる。
「おい! どういうつもりだ! そのナイフを今すぐ下ろしなさい。まて、撃つな! 大佐、待機するよう命令して下さい」
 うしろに控える軍人たちを振り返って鋭く命令する。どうやらこの作戦の責任者はブライアンのようだ。軍人の中でひときわ目立つ〈大佐と呼ばれた男〉が腕を上げて軍人たちを抑えた。
黒人、白人の混成部隊は、今にもこちらに向けて自動小銃をぶっ放しそうに見える。なぜなら、彼らの眼はギラギラと光り、ガムを噛んでいる口元がかすかにニヤついていたからだ。
「二人とも俺の後から出ないでくれ。思った通り、どうやら俺の死体には興味がないみたいだ」
 迫真の演技をするためか、紫苑の首筋には横一線の血の跡が見える。
「おーい、イカツイ顔のお兄さんたち。撃てるものなら撃ってみろよ。ここのアスファルトが血を全部吸っちゃうからさ。なあ、雇い主が誰だか知らないが、俺が死んだら作戦失敗なんだろ?」
 ブライアンとの距離はもう三メートルもない。俺は両手を広げあずさを背中に隠すようにして、紫苑の後に続く。
「ちょっと! 道を開けなさいよ。通れないでしょ」
 あずさのよく通る声のおかげか、道路までの道が少しずつ開いていく。しかしここで焦って駆け出してはいけないと本能が叫ぶ。刺激を与えて誰か一人でももし発砲したら、緊張が解けて一気に蜂の巣にされそうな雰囲気を感じた。まあそんな心配をしなくても、大佐と呼ばれた男の独断の一声で、事態は最悪の結末まであるかもしれない。
 そろり、そろりと油断なく目を配りながら進んでいく。
少しツイてないことに、目標のミニクーパーは男たちの車に囲まれていた。刺激しないようにゆっくりと、そのままのペースでまた歩きだし、やっともう少しで道路に出るところまで来た。
あとは……走る? それとも強引に車を奪う? いずれにしても、判断は俺にまかされていた。とにかくここからすぐに離れないと危険だ。
「なんだ?」 
指示を少しためらっていると、突然目の前に猛スピードで一台の車がタイヤを軋ませ突っ込んで来た! その車は歩道を乗り越え、砂埃を巻き上げながら急停止する。場の雰囲気が緊張する中、運転席の窓だけがゆっくりと下がっていく。
「やあ、何かお困りかな? 良かったら乗せてやってもいいぜ」
 ニヤニヤ笑いを浮かべ、無精ひげを生やしたあつしの顔が窓から覗いた。少し遅れて後のスライドドアが開くと、中にはモヒカンとゴリラの顔も見える。
 ブライアンと軍人たちは、少しずつだがじりじりと俺たちに迫っていた。だが、紫苑の持つナイフが邪魔で手が出せないようだ。
「病院まで行こうとしたけど、Uターンして来たよ。間に合って良かった。とりあえずここから離れよう」
 リーマンの言葉でモヒカンが動き、まずあずさを、次に俺を車内に引っ張り込んだ。最後に紫苑がゆっくりと後ろにさがりながら乗り込む。軍人たちの構えるいかつい銃と、俺たちの乗るバンの距離はもう数メートルもない。
「ダメだ、“絶対に”撃つな! 全員、車に乗って追跡しろ」
 あきらめたのか、ブライアンは部下にサインを送りながら踵を返すと、包囲していた車に乗り込んだ。
間髪入れず、タイヤから白い煙を出しながら、俺たちの乗ったバンは急発進する。
「おいおい、後を見てみろ。まるで大名行列みたいだぜ」
 ルームミラーを見たあつしが可笑しそうに笑う。
 振り返ると、スモークガラスではっきりとは見えないが、先ほど包囲していた車両が続々と駐車場を飛び出して追いかけてくるのが見える。
「どこまでも追いかけて来るつもりね。さあ、こうなったからには私たちと組むしかないわ。そっちには万能ワクチン、こっちにはうなるほどのお金がある」
 リンダは、一番後ろのシートに仲良く座っている俺たちを振り返る。さっそくピンク色の口紅を塗った唇から交渉の言葉が飛び出してきた。
「そうだな。助けられたのもあるが、俺たちには金が必要だ。組むのはいいが、条件がみっつある」
 後の席ですばやく紫苑とあずさに相談して、俺たちは話をすでにまとめていた。
「なんだよ。言ってみな」
 あつしがカーステレオの音量を絞りながら大声で聞いた。目は前方に向けたままだ。
「ひとつ目は、日本に帰る手助けをすること。ふたつ目は俺たちの金を返すこと。最後は万能ワクチンの複製に全力で力を貸すこと。どうだ?」
 どれも譲れないが、最悪ふたつ目さえ何とかなれば自分たちの力だけで動ける。
「分かった。ただし、万能ワクチンができた暁には、私たちに最優先で頼む」
 リーマンは親指を立てると、後部のトランクの方を差した。そこにはアーノルドから回収した、不自然に膨らんだ三百万ドル入りのスポーツバッグが置かれていた。
「ひとつ聞きたい。なぜUターンしてきたんだ?」
 俺の問いかけにモヒカンとリンダは眼を合わせてほほ笑んだ。
「ブライアンよ。包囲前に電話があったの。いろいろ話して、あの男と手を組むことにしたわ。あなたたちを傷つけず逃がすのは決まった筋書きなのよ。彼……なかなかの役者だったわよね」
「え? じゃあ、この逃走劇は仕組まれていたってことか?」
 紫苑は目を丸くしている。
「そうよ。ほら、聞こえてきたでしょ?」
 耳を澄ますと、上空からヘリの音がだんだん近づいて来る。
「車での逃走は絶対不可能だから、手を貸してもらったわ。もうすぐ屋根に衝撃がきて、私たちは空中散歩をすることになりそうよ」
 いたずらっぽい顔をしながら、ローターの爆音がする方を見つめている。
「あの国籍が分らないヘリは? まさかブライアンが手配したのか?」
 窓を開けて上空を見ると、黒一色に塗りつぶされているヘリが巨大磁石の様なものをぶら下げながら近づいてくるのが見える。
「あれにくっつけられて、ベガスからおさらばだよ。ブライアンって男は自分だけ助かる道を選んだらしいね。逃亡作戦+五百万ドル出すから万能ワクチンをくれってさ。――正直お金はもういらないんだけどね」
 ちょっと得意げな顔でモヒカンが説明する。
ガコンッ!
突然耳をつんざくような金属音と、強い衝撃が頭を揺らした。強い力で上に持ち上げられて、内蔵を置いて行かれる感覚に酔いそうになる。窓から地上を見下ろすと、もう既にかなり上昇していることが分かった。相当熟練したパイロットでなければ、こんな芸当はできないだろう。察するにパイロットは、ブライアンが雇った軍関係者なのかもしれない。
「あずさ、ちゃんとドアをロックしとけよ」
作品名:ビッグミリオン 作家名:かざぐるま